2人が本棚に入れています
本棚に追加
美咲さんはいつものように声を掛けて、夕飯の支度にとりかかった。ひかりちゃんは納得するまで縁側に座り、小さな庭の様子を見つめ、帰っていく。
ひかりちゃんがここに来るようになったのは、夏休み明けくらいの頃だった。彼女は突然やってきたのだ。まだあの頃は半そで姿だったのに、今は長袖を着ていた。そんな彼女は何を訊いても答えなかった。名前も学校も、友達も、家の場所も。迷子ではないことだけ、ぽそりと呟いたということだけがとても印象的で、それが美咲さんの記憶に残っている。
黄色と白のボーダーのTシャツにベージュのスカート。薄桃色のランドセルがまだ新しく、太陽の光を綺麗に反射させていた。胸に付けるエンジ色の名札には『二年一組、おうさわ ひかり』と書かれていた。
近所の子どもではない。美咲さんは、『おうさわさん』たる人物に心当たりが全くないのだ。昨年までの間毎年町会長をしていた美咲さんは、隣の町会くらいまでなら自信を持って答えられるにも係わらず。
いったいどこの子なんだろう
美咲さんは夕飯の大根を切りながら考えて、自分の過去を思い出していた。ひかりちゃんのことを考えると、思い出す男の子がいるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!