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夕飯の支度を終えて、五時過ぎ。ひかりちゃんはいつも通りいなくなっていた。美咲さんは『さようなら』の挨拶くらいして帰ればいいのに、と思いながら、縁側のガラス戸を閉めた。外にはつぼみの大きくなってきているコスモスが風に揺れていた。
ひかりちゃんを見ると思い出す男の子は大人しい子だった。あの頃はまだ携帯電話すらなかった。カラーテレビがやっと全家庭に普及されたかな、と思えるくらい。まだ黒電話が各家庭にあった時代。
あの時はどうしてあんなことしたのだろう。できたのだろう。
あの男の子はどうしたのだろう? どうして来なかったのだろう。来たくなかっただけだったのならいいのだけど。
美咲さんは遠い過去を見つめるように、そのままカーテンを引いた。
彼は、美咲さんと別の学校に通っていて、反対の電車に乗っていた。部活動もしていなかった美咲さんは彼と同じ時刻のホームに立っていることが多かったので、嫌でも目に入る存在だった。
そして、いつのまにか、美咲さんはそんな彼のことが気になって、反対ホームで彼のことを待っているようになった。
今から思えば、あれが初恋だったのかもしれない。美咲さんの甘酸っぱい記憶とともに思い出す淡い青春の一ページ。それなのに、封印したくて、苦しくて、もやもやする気持ちが絶えない記憶。
あの日の夕暮れもそうだった。なかなかホームから降りてこなかった彼を心配して、もう一度改札を潜ったのだ。
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