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男は平凡な会社員だった。特に優秀でもないが、仕事で大したミスもしない。妻と二人暮らしで、会社を出るとまっすぐ家に帰る。友人らしい人物もいないが、他人から悪く思われる人柄でもなかった。とにかく、目立つところのない男であった。
そんな男が、ある日大きな本を脇に抱えて出社してきた。気にはなったが、それが何の本かまでを尋ねる者はいなかった。しかし、男はその本を肌身離さず持ち歩いている。休憩中も、トイレに行くときも、ついに一度も側を離れることなく帰宅した。
次の日も、また次の日も、男は片時も本を離さなかった。一体何の本なのか、なぜ持ち歩くのか。会社中がこの話題で持ちきりになった。
ついに耐えられなくなった同僚が男に質問したが、「いやあ、大した理由なんてないよ」と逃げられてしまった。こうなると皆ますますこの本から目が離せなくなるのだが、男は何も答えなかった。
今日も男は本を抱えて、まっすぐ家に帰る。玄関を開けると、妻が幸せそうな顔で出迎える。有名なファッションブランドで全身をコーディネートして、
「お帰りなさい。今日はなにを食べに行こうかしら」と言う。
「また外食か。それにその服も新しいものだな。宝くじが当たったなんて、周りの人にバレるとロクなことがないぞ」
とは言うものの、男は困った顔をするでもない。
「いいじゃない。どうせ近所の人とは高級なお店じゃ出会わないわ。それにあなただってそのスーツ、会社のお給料じゃ買えない物でしょ?バレてないの?」
「ああ、誰も僕のスーツは見ていないさ。皆この本が気になっているはずだからね」
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