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 この日、僕は図書室で一冊の本を借りた。  僕はもともと読書家というほど本を読む人間ではなく、たまに面白そうなものが見つかれば読むくらいだった。日頃本屋に通うのは雑誌の立ち読みが目的だし、図書室に通うのはひと月後に迫ったセンター試験の勉強のため。こうして貸し出しカウンターに小説を持っていくのは、三年生の冬にして初めてのことだった。  勉強に行き詰まり、伸びる気配のない過去問の点数に嫌気がさし、そんな現実から目をそらそうとしたのが、僕を僕らしくない行動に走らせたのだろう。試験前に限って部屋の掃除をしたくなるのと同じ症状だ。僕は家に帰った後も問題集を広げるだけ広げて、ベッドに寝転んでその本を読み始めた。  読み始めると、これがなかなか面白い。著名な作家の代表作であるから面白いのは当たり前なのだろうが、時間を忘れて読みふけるなんて、部活以外ではほとんどなかったことだ。気が付けばデジタル時計は日付を一つ進め、物語は最終章にまで達していた。  その章の手前に、しおりが挟んであった。  薄いピンク色の、和紙でできたしおり。誰かが挟んだまま忘れたのかもしれない。もしくは、もともと学校のものかもしれない。どちらにせよ、ここに挟んでいるということは、僕の前の借り人は、最終章を読み切る前に返却してしまったのだろうか。  それは、なんだかもったいないことをしている。  図書室の本には、たしか貸出履歴が書いてあるカードが張り付けられているはずだ。ページへの落書きが多発したこともあって、それを取り締まるための対策だと、以前連絡があったのを思い返す。  こんな据え膳に手を付けないような行為をしているのはいったいどこの誰だ。僕は履歴を確認するために、本を一度閉じて裏表紙を開いた。
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