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本を探しているような素振りはなく、ただ佇んでいる。何かの本を広げているようだった。
そういえば、そこの棚は、昨日呼んだあの小説があった場所だったな。
僕はなんだか嫌な予感がした。
「赤城くん」ふいに、名前を呼ばれる。声の主は図書の先生だった。
「どうも」
「今日も勉強だね。感心感心」
「もう日がないですからね」答えながら、横目で彼女を見る。明らかに、僕に意識を向けているのがわかる。
「がんばってね」先生はそう言うと、カウンターへと引っ込んでいく。僕は通路の方になるべく意識を向けず、逃げるように自分の席に向かった。
僕の気にしすぎかもしれない。たまたま別のことに意識が回ったのが、僕の名前に反応したように見えただけかもしれない。被害妄想であることを期待して数学の問題集を広げてみたが、本棚の脇から近づいてくる彼女の姿を捉えて、それは見事に打ち砕かれた。
僕の目の前に立ち止まる。
彼女はきっと、僕を睨みつけていた。
食いしばるように体に力が入っていて、小刻みに震えている。目にはうっすらと涙が浮かび、怒りというよりは、悲しさが顔を覆っていた。
僕はたじろいで、視線を下によける。彼女の手に、一冊の本があるのに気付いた。
昨日、僕が借りたあの本だ。
「なんで……」
絞り出すような、か細い声が降ってくる。
それからすぐに、彼女は去っていった。
それ以上の悶着は何もない。ここに残ったのは、僕の中のざらざらとした後味の悪さだけだった。
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