反感

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「明六つ(午前6時頃)ともうさば、御城の諸門が開くのと同時ではあるまいか…」  久堅は呻(うめ)くように言った。 「ははっ。されば山城守様は殿中に一番乗りでござりまする。それも書付(かきつけ)の束(たば)を抱(かか)えられて…」  恐らく老中より命じられた仕事に関する書付(かきつけ)に相違ない。若年寄は老中の補佐役として老中より様々な仕事を押し付けられる。それにしても意知は今日が若年寄としての初日であるにもかかわらず、それら書付を抱えていたとは、恐らく父・意次より命じられた仕事に相違ない。 「朝早くから一人で次御用部屋にて仕事か…」  久堅はそう呟(つぶや)いた。すると先立ちの御用部屋坊主が、「いいえ…」と控(ひか)え目ながらも否定してみせた。 「いいえ、だと?」 「はい。実はその…、山城守様がわたくしめの先立ちは不要と仰せになられ、お一人で次御用部屋へと足を運ばれましたことは既に申し上げましたが、その前…、お一人で次御用部屋へ足を運ばれます前に、奥右筆(おくゆうひつ)組頭の大前(おおまえ)孫兵衛(まごべえ)殿とその相役(あいやく)の安藤(あんどう)長左衛門(ちょうざえもん)殿、それに勘定組頭の若林(わかばやし)市左衛門(いちざえもん)殿と土山(つちやま)宗次郎(そうじろう)殿の四名の方々を次御用部屋に連れて来るよう、その旨(むね)、同朋頭(どうぼうがしら)に伝えるようにと、左様、山城守様より仰せ付かってござりまする」  同朋頭(どうぼうがしら)とは老中と若年寄に附属する坊主のことであり、老中・若年寄とその他の諸役人との間で面会や文書の取次に従事し、老中・若年寄に命じられれば、諸役人を御用部屋に連れて来ることもその職務としていた。  そして奥右筆(おくゆうひつ)とは先例などを調査する事務方のスタッフのことであり、その長たる組頭はさしずめ内閣官房副長官のような存在であり、勘定組頭は勘定奉行に附属し、財政や農政を担当する事務方のスタッフであり、さしずめ財務事務次官と農水事務次官のような存在であろうか。 「して、その四人だが…」 「ははっ。されば山城守様が次御用部屋に足を運ばれましてから、半刻(約1時間)ほど経(た)ちました頃に次御用部屋へと、同朋頭(どうぼうがしら)に案内(あない)されましてござりまする」
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