いまきみの望む証を

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「おい、また恥ずかしい事を言うな」 「恥ずかしくないよ。本当の事だし」 真顔で返したひかりの額を指で弾いてから、勇はふと思い付いて尋ねる。 「そういえばあんた、どうして俺達の名前を知ってたんだ?」 こちらから名乗った覚えは無いのだから、宴が名前を知っているのは確かに妙である。 すると宴は怪しい微笑を浮かべた。 「ふふ……。それ位、ちょろいもんですよ」 「…………」 突っ込みたいところはあったが、それ以上関わるとやばい事になりそうだ。 勇は重ねて問うのはやめて、深く息を吐く。 「それよりお二人共……。もう授業が始まって10数分が経過していますが、宜しいのですか?」 一瞬の沈黙の後、二人は慌てて立ち上がった。 「やばい、急がないと欠課になるな」 足早に引き戸に向かいながら、ひかりが振り返る。 「黒矢さん、有り難うございました」 「どういたしまして。またどうぞ」 戸が閉まり、二人の足音が遠くへ消えて行く。 宴は息をついて一人呟いた。 「記憶喪失ですか……」 静かな室内に、低い声が響く。 宴の表情から、いつもの笑顔は失せていた。
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