3人が本棚に入れています
本棚に追加
放課後、ひかりは鞄を手に外に出た。
朝から降っていた雨はいつの間にか止んでいた。
夕方の柔らかなオレンジ色の光が、影を長く伸ばす。
授業が終わった後に優衣と図書室で勉強していたら、思ったよりも遅くなってしまった。
今日は勇もひかりもバイトが休みだ。
勇はもう家に帰っているだろう。
帰りにスーパーに寄って、夕食の材料の買い物をしなくてはならない。
今夜は何にしようか。
考えながらふと午前中に聞いた宴の話を思い出し、小さく息をつく。
『心が耐えられない程辛い何かを……』
勇の家で最初に目覚めた時、自分には特に目立った外傷は無かった。
という事は何か精神的に傷を負い、だから記憶を無くしたのだろうか。
踏み出した足が水溜まりの中に入った。
跳ね返る水に、足元に目を落とす。
揺れる水の面に映るのは、揺れる自分の顔。
自分と、勇の名前以外の事は何も覚えていない。
思い出そうとすると、激しい雨音に頭が掻き乱される。
激しい雨音が聞こえて来て、飲み込まれそうになるから。
だから、思い出すのは少し怖くもある。
こんな事は誰にも言えないけれど。
早く記憶が戻れば良いと自分でも思うのに。
不意に不安になるのはどうしてだろう。
最初のコメントを投稿しよう!