いまきみの望む証を

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放課後、ひかりは鞄を手に外に出た。 朝から降っていた雨はいつの間にか止んでいた。 夕方の柔らかなオレンジ色の光が、影を長く伸ばす。 授業が終わった後に優衣と図書室で勉強していたら、思ったよりも遅くなってしまった。 今日は勇もひかりもバイトが休みだ。 勇はもう家に帰っているだろう。 帰りにスーパーに寄って、夕食の材料の買い物をしなくてはならない。 今夜は何にしようか。 考えながらふと午前中に聞いた宴の話を思い出し、小さく息をつく。 『心が耐えられない程辛い何かを……』 勇の家で最初に目覚めた時、自分には特に目立った外傷は無かった。 という事は何か精神的に傷を負い、だから記憶を無くしたのだろうか。 踏み出した足が水溜まりの中に入った。 跳ね返る水に、足元に目を落とす。 揺れる水の面に映るのは、揺れる自分の顔。 自分と、勇の名前以外の事は何も覚えていない。 思い出そうとすると、激しい雨音に頭が掻き乱される。 激しい雨音が聞こえて来て、飲み込まれそうになるから。 だから、思い出すのは少し怖くもある。 こんな事は誰にも言えないけれど。 早く記憶が戻れば良いと自分でも思うのに。 不意に不安になるのはどうしてだろう。
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