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 この男は何故自分が逃亡しているのか、わかっているのだろうか。  男は俺の左手首を握り、深夜のオフィスエリアを追っ手を巻くように走っている。  足音はほとんど立てない。  人気のないオフィスエリアから昼間と見まがうようなナイトエリアに入り込むと、男はビルの隙間の非常階段を掛け上がり、鍵の掛かった最上階の入り口にやはり音もなくへたりこんだ。  お互い息が荒い。  だがそれも下界の喧騒がかき消した。  男が俺の手を離す。  男の汗で湿った手首には、初冬の風が酷く冷たく感じられた。  一緒にへたりこんでうつむいていると、男が語り掛けてきた。 「大丈夫か? ごめんな、無茶させて」  俺は息苦しさにただ首を振り、頭を上げて奴の顔を見る。  薄暗い非常灯に照らされた男は、心配そうに眉間に皺を寄せて黒い瞳をこちらに向けている。  そして。 「て言うか、お前誰だ?」  やはり憶えていない。  眉間の皺はなくなって、目を見開いて考えるふうにしてる。 「あ、あれ、俺ら何で逃げてんの?」 「憶えてないだろう、俺が記憶を抜いたから」  奴には俺が初対面に見えても、俺は奴を知っている。     
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