10.布団侵入事件:旅行に連れて行ったら布団の中に入ってきた!

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昔のほろ苦い記憶が思い浮かんだ。入社して間もないころ、帰省しての帰り、列車の中で、同郷の年頃のかわいい女性と知り合いになった。新潟に就職して住んでいるという。 意気投合して電話番号を聞いて、帰ってから電話した。遠いので中間の長野で落ち合って周辺の1泊2日の旅行を約束した。部屋は同じでも良いというので民宿を予約した。 1日目は正にさっきの散歩からはじまって今この時とほとんど同じ。あの時、二人はそれぞれ布団に入って寝たのだけど、沈黙の時間の後、思い切ってこちらから、彼女を布団の上から抱きしめた。 その途端「そんなんじゃないよー」「そんなんじゃないよー」と拒絶された。謝って、もうしないと約束して、その場をなんとか繕った。 次の日は何もなかったように楽しく過ごしたが、結局、後日彼女から別れようとの手紙が来た。その時の「そんなんじゃないよー」「そんなんじゃないよー」がずっと耳に残った。 今考えると、早急過ぎたし、まだ、若かったので迷いもあった。もっとお互いに分かり合ってからであれば、うまく付き合えたかもしれない。一番の後悔は彼女を大切に思っていなかったことかもしれない 今、久恵ちゃんは宝物、大切にしなくちゃ、絶対に悲しませてはいけない。縁側のソファーに腰かけて、海を見ていた。月が随分高くなってきた。久恵ちゃんが、戻ってきた。浴衣姿がぞくとするほど色っぽい。 話しかけてくるかなと思ったが、黙って離れた布団に入り、こちらに背を向けて寝たので、部屋の明かりを消して布団に入った。明かりは枕もとの小さいスタンドだけだが、月の光がさしている。 沈黙の時間、どれくらい時間がたったか分からない。久恵ちゃんの起上る気配がしたかと思うと、布団の中に身体を滑り込ませてきた。 驚いて顔を見ると向こうを向いている。手をそっと握ると、握り返してきた。「明かりを消して」と小さな声が聞こえた。同じことを考えていたんだ。気持ちが通じあっていると思うと、決心がついた。 「ちゃんとできたかな?」と小さな声で聞いてくる。「うん、大丈夫」と応えると「よかった、これで、私はパパのもの、ああ疲れた、寝ましょう」と身体を寄せてくる。後ろから抱きかかえるようにして「おやすみ」と言った。疲れた。ほんとうに心地よい疲労。
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