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「安心して。おじさんは、昔、研究所にいるとき、乾燥剤というあだ名があったくらいだから」
「乾燥剤?」
「人畜無害、でも食べられません!」
「そんなことない、とても素敵です」
それから、兄貴の家と実家の整理や母の引越しのために、何回か帰省した。幸い久恵ちゃんは3月末までは兄貴の家に住むことができて、後片付けをしながら、無事短大を卒業した。
3月下旬の朝、久恵ちゃんの荷物を引越し屋に託して、昼前に新幹線で2人東京へ出発した。
車内でお弁当を食べてひと眠り。新幹線が開通してから乗り換えがなくなったので安心して眠れる。久恵ちゃんが肩に持たれてくる。こんなに女っぽくなっていたんだ。
兄夫婦の葬式やら家の後片付けでドタバタしていたので、気に掛けなかったが、この髪の匂い、ムラムラする。安心してと言ったけど、これから一緒に住むのがちょっと心配になってきた。
親代わりとして兄貴との約束を果たさなければと考えていたら眠ったみたい。「着いたよ」久恵ちゃんに揺り起こされて目が覚めた。夢か? 久恵ちゃんを抱き締めている夢を見ていた。いい夢だった。
東京駅に午後2時52分に到着した。山の手線の五反田駅で池上線に乗り換える。
「『池上線』という歌があるけど知ってる?」
「知らない」
「おじさんもここに住んで知ったけど、いい歌だよ」
池上線には縁がある。就職して上京した時の独身寮が洗足池駅から徒歩で10分ほどのところにあった。今のマンションを3年前に買ったのも何かの縁かもしれない。洗足池駅から2駅目の雪谷大塚駅で下車した。
会社の独身寮が廃止になり、使うこともなく自然に貯まったお金があったので、老後を考えて見つけた物件だ。会社が低利で購入資金を貸してくれたのと、母親が少し援助してくれた。ローンはあるが僅かで負担になるほどの額ではない。
もう結婚しそうもないから1LDKでもよかったが、ちょうど売り出していたゆとりのある2LDKにした。これが今回、久恵ちゃんを引き取れた理由で、1部屋ゆとりがあった。
大通りから少し入ったところなので、車の騒音はあまり気にならない。大通り沿いだから夜も車の往来が激しく、久恵ちゃんが夜遅く一人で帰っても安全だ。
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