貧しき者

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   1  日常生活は賭事がすべてに優先する。それがライフサイクルに定着している。  ビールとつまみを自分の勤め先で購入し、新聞はネット版をプリントアウトした。  ナイター競輪のインターネット中継。  ワールドカップクラスの選手が集う熾烈なレースが間もなく始まろうとしていた。  缶ビール、南蛮エビの唐揚げ、チキンの竜田揚げ、競輪新聞などがところ狭しとばかりにテーブルいっぱいに広がった。  1レースあたり数千円単位の賭け金をインターネット投票する。  わずか三分後には紙屑か黄金かの結果が待っている。おれは、しめつけられるようなしこり感を愉しみながら、食い入るように画面を見つめた。  第1レースと第2レースはハズレた。  続く第3レースは、本命に無印を絡めた3連勝単式が的中して、10万円を超える配当をゲットした。3連勝単式とは1着から3着までを順番通りに当てる賭式のことである。  おれはいい気分になって、乾杯!と缶ビールを高く掲げた。  アルコールのせいもあって、気が大きくなった。数千円単位の賭け金を二倍に釣り上げたのだ。3連勝単式をもう一度当てれば、一晩で百万円に手が届く。  本当はそんなことはまずあり得ないのだが、可能性はゼロではない。  脳内麻薬が爆発する快感を夢見て、おれは途方もない金額のエンターボタンをクリックした。  <投票されました>  発走は五分後である。  おれは二缶目のビールを開けた。  発走三分前。  このタイミングで玄関のドアフォンが鳴った。  のぞき穴に映った人物を見て、おれは露骨に舌打ちした。よりによって、そりゃないだろ・・・ 「悪いけど、おれ、今手が放せないから」  ドアを少しだけ開けて、おれはつっけんどんに言った。 「ごめんなさい」  花梨は頭を下げるとすぐに立ち去ろうとした。  おれは呼び止めた。 「一分ならいいよ、なに、どうしたの? カレシと誕生日会じゃなかったのかい?」 「それがひどいんですよー」 花梨は今にも泣きそうな顔をしていた。「あたしがせっかく用意したのに、コンビニのサンドイッチとグラタンの方が旨いとか言って、食べてくれなかった」  彼女は大粒の涙をぽろぽろこぼしていた。  おれは彼女の孤独を見た気がしたがイライラもしていた。
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