王子様ではない

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手洗いにいって、前髪直して。 教室に戻る廊下は賑やかだ。 窓からは熱い太陽の光が降り注ぎ、中庭から見上げると屋上に人影が見える。 季節は夏に差し掛かっていて、屋上でご飯なんて食べてたら熱中症になりそうだ。 柵に寄り掛かる後ろ姿が気怠そうに空を仰ぎ見て、隣に並んだ人が腕をぐーっと伸ばしていた。 『あー、だりーな』 『だよねー。次の時間、さぼりてー』 きっとこんな会話がされているに違いない。 「意外とさー、」 隣から聞こえた菜穂の声に我に返った。 「え、なに?」 「ふーちゃん、またぼーっとして。っていうか、」 「うん?」 「あながち王子で間違いなさそうだよね」 「王子?」 首を傾げて、視線で促される先には中野くんが居た。 「女が群がってる。ああいうのって少女漫画の世界だけかと思ってた」 菜穂はさばさばしているけれど、少女漫画を読んでときめくのが大好きだ。 「欲を言うなら、見た目がもっと爽やかであって欲しいんだけど」 背が高くて、真っ黒に見える髪は少し長めで、さらさらという感じではないけど緑に反射する。 他の男子と並んで立つ周りに女の子が数人、頬を染めて見上げていた。 「……たしかに」 「ねー。もっとキラキラした王子でいてくれ」 「えっ!?あ、違う、菜穂」 「なにが違うの」 「爽やかがどうこうじゃなくて、ああいう光景を初めて見たっていう、」 「少女漫画のこと?」 「そう、それ」 きっと今までもこうして廊下に居たんだろうけど、全然気が付かなかった。 「……すごくモテるんだろうなぁ」 ああして女の子が集まってくるんだし。 「…………」 「…………?」 返事がないから菜穂を振り返ると、きょとんとした顔で私を見ていた。 「雅樹にすらそんな事言ったことないふーちゃんが、」 「え、なに?」 「やっぱり、ふーちゃんも少女漫画読んだ方がいいよ!」 「え?は?なに、急に」 教室に入って椅子に座って。 菜穂は私の方へ身を乗り出して、両手を取ってギュっと握りしめた。 「勉強、しよう?」 「……なんの?」 「恋愛!」 意気揚々と言った菜穂の言葉に。 ぶーっ!! 吹き出したのは、私ではなく雅樹だった。
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