王子様ではない

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階段を上る途中。 ふと顔を上げると視界に入った大きな背中。 何気なくその上まで視線を持ち上げて、気が付いた。 あ、この人の髪、緑だ。 鮮やかな緑ではない。 漆黒にも近い黒のなかで、日に当たった部分が緑に見えた。 特に会話をしたこともないクラスメートは、教室に入ると私の斜め後ろの席へと座った。 「やばい。私次の時間お腹なるかもー」 隣の席に座る菜穂がお腹を摩るから、鞄に手を入れて小さな袋を取り出した。 「グミでも食べる?」 「食べるー!ふーちゃん、マジ神。お腹鳴るとか恥ずかしくて死ぬから」 言いながら、私が差し出した小袋に手を突っ込んだ菜穂に、後ろの席の雅樹が笑った。 「風香ならともかく、お前が腹鳴らしたくらいで恥ずかしいわけねぇだろ」 「はぁ?あんた失礼な男だね!私だって腹が鳴れば恥ずかしいっての!!」 言い合いながら今度は雅樹の手が伸びて、袋の中身を漁っていく。 それを目で追った向こうで、ぱちっと目が合った。 「中野くんもどう?」 とっさにそう口にして、持っていた袋を見せるようにする。 「…………」 無言で伸ばされる手に合わせて、私も少し手を伸ばして袋を差し出した。 大きな手の、長い人差し指と中指だけが袋に差し込まれて、グミを一粒持って行った。 さっき緑に反射した髪は真っ黒に見える。 同じくらい黒い縁の、眼鏡の奥の瞳がゆっくり閉じられて、流れるように机に突っ伏して寝る体制に入ってしまった。 「……」 なんとなく無言でその様子を見ていたら、 「……うま」 目をつぶったまま呟かれた言葉に噴出した。 「ふふっ、」 「くくっ、」 菜穂と雅樹と笑ったけれど、中野くんは気にせず目を瞑ったままだ。 チャイムが鳴っても依然そのままで、教科担任が通りすがりにぽんと頭に教科書を載せる。 「…………」 やっぱり無言で顔を上げた中野くんがもぐもぐ口を動かすから、先生が片眉持ち上げて睨みつけた。 「中野。お前、飴くってるだろ」 「……食ってない」 「うそつけ。もぐもぐしてんだろうが」 「グミだし」 「えっ、」 菜穂と雅樹の驚いた声が重なった。 「オージ、あのグミまだ食ってたの?」 「え、え、グミって噛んで食べるよね?」 「グミは舐めるもの」 言いつつ中野くんはごくんと喉を動かして飲み込んだようだった。
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