王子様ではない

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「いろいろ謎なんだけどー」 次の休み時間、菜穂がちらりと中野くんに視線を送りつつそう言った。 「グミってあの食感がいいんでしょ?あのグニグニ噛むのを楽しむものでしょ?」 「だよなー。それをオージは何も楽しんでねぇもんな」 菜穂と雅樹の会話の中で、私は無言でグミを一粒口に放り込んだ。 これは、今は噛んだ方がいいのかしら? 実は私も、口に入れて暫く舐めて楽しみます。 とりあえず、自分の好きなように舐めつつ視線を動かせば、中野くんと目が合ってドキッとした。 噛んでないのを見られた……? じっと私を見つめる眼鏡の奥は、眠そうな目を私から逸らそうとはしない。 十数秒見つめた後、彼は口の端をわずかに持ち上げた。 なんか、どうしようもなく、恥ずかしい。 「っていうか、中野、なんでオージなの?」 菜穂が首を傾げて雅樹と中野くんを交互に見る。 視線が断ち切られた気がして、ほっと息を吐いた。 「はぁ?中野の名前がオージだからに決まってんだろ」 「え。中野オージ?」 「ん。大きい次で“おおじ”。王子様の“おおじ”じゃねーから」 ……てっきり王子様の方かと思ってた。 もしくは中大兄皇子。 ついでに中臣鎌足……。 「大化の改新してねーから」 中野くんが私に長い指を向けた。 「……え?」 「今、中大兄皇子って思ってただろ?」 「…………え?」 この人、なんでわかるの? もしかして、心が読め…… 「いや、もろアンタの顔に出てただけ。人の心は読めねーから」 「ふーちゃん、すぐ顔にでるもんねー」 「だなー。風香は隠し事とか出来ねぇタイプだよな」 そんな事はない、と思う。 「いや、そんな事、あるんじゃね?ふーちゃん」 頬杖を突きながら楽し気に放たれた呼び名に、顔が一気に熱くなる。 「ちょっと、中野。何勝手にふーちゃん呼びしてんのよ」 「じゃーなんて呼べばいいの」 「風香でいいんじゃね?」 「じゃー、ふーか」 私を指しおいでどんどん進む会話に、なんとか入り込もうと口を開くも追いつかず。 「ふーか」 あっという間に中野くんにそう呼ばれてしまっていた。 「……はい、」 「グミ、もういっこちょーだい」 「……どうぞ」 小袋ごと、大きな手のひらに乗せる。 「あと一個しか入ってねーけど、いいの?」 「うん。……ゴミ、捨ててね」 「りょーかい」 口の端を持ち上げた笑みに、またドキッとした。
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