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美術室に戻った。葵はいつもの席に座っていて、私が書き足したノートに続きを書いていた。私が帰ってきても顔を上げなかった。きっと私が作った文章が支離滅裂だったから、怒ってしまったのかなと思った。少し悲しい気持ちで私も自分の定位置に戻った。
「好きだよ。泉のコトバ!」
葵のその言葉が空間を変えた。教室の外から聞こえてくる雑音が、全て消え去ったような感覚がした。彼女の声、彼女が走らせるシャーペンの音がすぐ近くで聞こえたような気がした。
心臓がまた急加速した。そして、胸の中に何かが芽生える音がした。繊細な弦を指で弾くような、高音で暖かな音。
葵はノートに目を落したままの姿勢だったので、『好きだよ』と言ってくれた時、どんな表情をしていたのかよく見えなかった。
葵が一歩、私に踏み込んできてくれた事が嬉しかった。でも私から近づく事に少し不安があった。踏み出した足が、このまま止まらなくなってしまったらどうしようと思った。きっと葵との距離をゼロにしたくなる。それはきっと友情を超えた『好き』になるってことだ。そんな自分になってしまう事が、少し怖かった。
でも私は葵に近づく道を選んだ。芽生えた気持ちを、もっと確かめたくなった。
私は言った。
「私も葵の絵、好きだよ。これからも、いっぱいラクガキ、しよっか」
「うん…」
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