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私の知らない葵の一面が他にもいっぱいある。そうと思うと、それらを全部手で触ってみたいという衝動にかられた。イヤフォンをしながらバスに乗って窓の外を眺める葵。家に帰り、ベッドで眠る葵。私と二人きりでない時も、葵は呼吸をして何かを食べたり、驚いたり、感動したり、時に傷ついたりしている。全部ひとり占めしたい。ずっとずっと抱きしめていたい。欲張りな気持ち。
「泉…ちょっとそこ…くすぐったい」
「あっ…ごめん…」
私はいつのまにか葵の耳に触っていた。慌てて手を離す瞬間、葵の髪が少し指に触れた。さらさらとした心地よい感触が伝わってきた。
「いいよ…私髪が綺麗なのがちょっと自慢なんだ。たまに触らせてって言われるし…。泉はどんな曲聴くの?」
葵が手で耳の後ろの髪をとかしながら聞いてきた。
私はコードを差し替えて携帯を操作した。スローテンポのドラム、厚みのあるギターと、ちょっとラップ調の男性ボーカルが響き始めた。
「本当にこれ聴いてるの?」
「うん」
「泉がロック聴くなんて思わなかった。何ていうアーティスト?」
「レッド・ホット・チリ・ペッパーズっていうバンド…お父さんが好きでよく聴いてる」
「ホットドックみたいな名前だね」
そう言って葵は笑っていた。
その後何を話したのかは、ほとんど覚えていない。葵の髪の感触で頭がいっぱいになっていたから。
「もう一回髪、触っていい?」
私はまた一歩、葵に近づいた。
「たまになら、いいよ」
葵は許してくれた。
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