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暗い廊下から誰かが扉を荒っぽくノックした。恐る恐る開けてみると、茶色いダッフルコートを着て厚手のマフラーを首に巻いた女の子が猫背でよたよたと入ってきた。よく見るとタプタプと音がする重そうなポリタンクを両手で掴んでいた。
「部室のストーブ壊れちゃったから。ここに居候させて。これ家賃」
上目使いで少し息を弾ませながらその子は言った。それが葵だった。
有無を言わせずいきなり乗り込んできたのに、律儀に手土産を持ってきたところが何だか面白かった。そのちぐはぐさ加減に私はつい吹き出してしまい、つられて葵もニコっと笑った。ポリタンクの中身は灯油だった。
「うん。いいよ」
私はすぐにそう返事をした。
「ありがとー。私、片瀬葵。葵でいいよ。確か遠藤さん、だよね?」
「遠藤泉。私も泉でいいよ」
文学部の部室は旧校舎の二階にあって、葵とは部活会議などで時々顔を合わせる程度の間柄でしかなかった。同い年ではあったけれどクラスは別々。ほとんど接点はなかった。
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