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葵の席に座ると、まるで別の教室に来たような新鮮さがあった。椅子にはさっきまで座っていた彼女の体温がほんのり残っていた。前を見ると視線の先に私の定位置。もしかしたら、うんうん唸っている横顔とか、一瞬だけ眠って頭がカクッてなってしまった時の様子とかを見られていたかもしれない。そう思うとちょっと気恥ずかしかった。
なんだか葵が見ている世界に入ったというか、葵と私の意識が入れ替わったような、そんな感覚がした。
葵はホラー小説を書いていた。彼女の作った文章を読むのは初めてだった。てっきりハッピーエンドな恋愛小説を書いていると思っていた。
最初のページを読んでみた。小説の主人公は高校二年の男の子。好きだった同級生の女の子を殺してしまうシーンから始まっていた。そして翌日、殺したはずの女の子が何事もなかったかのように登校してきていた。小説はそれを見た主人公が驚く場面で止まっていた。
タイトルは『未定』だった。結末が決まっていないようだったけれど、そんなに悪くない出だしだと思った。
小説には書き直しや取り消し線、そして隅っこに色ペンで思いついた事を書いたりが多かった。はてなマークもそこかしこにあった。筆記用具が迷子になってあちこちに足跡を残していた。
私は小説というものを書いたことが無かったけれど、葵が行き詰っているのは何となく分かった。びっちり埋まったページの余白の無さに、彼女の余裕の無い心の内が現れているようだった。
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