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葵はにかむような笑顔で目を逸らした。そして、キャンバスに視線を戻して話し始めた。
「最近泉が苦しそうに見えるんだー。なんかこう、酸欠になって水面で口をパクパクさせてる金魚みたいだなって…」
そう言われても、不思議と嫌な気分はしなかった。私は自分の気持ちを言い当てられるのが苦手だ。それがたとえ当たっていたとしても。いや当たっているからこそ、心の中に土足で踏み込まれているような気がしてしまう。でもなんでだろう。葵の口からでる言葉は私の心にすんなり染み込んでいった。
「ごめんね、知ったような事言っちゃって…私も今そんな状態なんだ。泉の顔見てたらひょっとしたら私と同じなのかなって思って…。ねえ、泉って完璧主義者?」
「うん、そうだと思う。下描きが納得いかないと塗りに入れない」
葵がハートマークの線を筆の先でなぞり始めた。流れるような筆の持ち方だった。葵の指は新品の陶器のように綺麗で、その繊細な滑らかさをもっと近くで、もっと色んな角度から見つめてみたい気持ちに駆られた。
葵がゆっくりと、自分の言葉を噛みしめるように喋り始めた。
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