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戦争があった。
敵対していた国に負けた。
平和と人情を重んじるあまり、諜報員の存在に気付けなかったヴァルヴァ国は、堕ちた。
負けた皇族共は、絞首刑となる。王子──ティナレットに関しては、よわい十歳にして処刑対象となっていた。
「どうして国は負けてしまったの? 平和をこんなにも愛する国が、正義を貫く強かな国が、何故負けてしまうの?」
共に牢獄へ入れられていた母親、元王妃は、そんな問い掛けをするティナレットの肩を、悲しげに抱く。
「貴方は、真っ直ぐに生きなさい。決して振り返ってはなりません。愛と平和と、何より正義を。この国がこれまで穏やかに在れたのは、正義感の賜物です。悪は、なりません。何があっても、染まってはなりません」
元王妃は彼の胸に、そっと手を置く。祈りを捧げた。
「さあ、貴方だけでも逃げなさい。そして強く生きなさい。恐らく王の、お父様の形見である剣は丘に刺さったままになっています。それを、今度は貴方が受け継ぐのです」
元王妃は懐から小さな魔石を取り出した。ティナレットに向けて翳す。
牢屋が光に包まれた。
「お母様!?」
「切り札です。貴方に捧げます。さあ、行って!」
門番達が血相を変えて駆け込んで来る。だがティナレットは光の中に吸い込まれ、消えてしまった。
元王妃──母親の笑顔が、そこで見た最後の光景となった。
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