江東の虎

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この孫策はまだ元服もしていない一青年である。 しかし、既に体躯も大人同然で、武勇も秀でており、父に似た将の風格があった。 また、孫策は何事にも興味を示す性格であるため、孫堅はよく戦場にも同行させていた。 今日(こんにち)の従軍もそれが理由である。 さて、その孫策はしばらく伝国璽を持ち上げ、まじまじと見つめた。 やがて孫堅の方を向いて訊ねた。 「父上、であればこれを質に袁術からまた兵を借りるのはどうです?」 孫堅は目を白黒させた。 「で、伝国璽を質入れするだぁ!?」 「だって父上、これ持ってから顔色が優れないではないですか」 孫策はけろとした顔で言う。 「むむむ……」 しかしこれは一理ある。 確かにこれを見てから気分が悪くなっている気がする。 ――とはいえだ。 この孫堅は漢の忠臣。 それが事もあろうに朝廷の財産である伝国璽を質にいれようなど、言語道断である。 ……言語道断の筈なのだが、この時の孫堅は息子孫策の甘言に随分と惑わされていた。 「わ、我が息子ながら、お、思い切った事を言う。しかし、孫家は代々――」 「じゃあ、父上はこのまま手ぶらで帰るおつもりですか?」 「え?」
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