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何かが、少しずつおかしくなっている。
私がそれに気がついた時こそ――中二の冬頃のことでした。
窓のないこの部屋では、季節感を感じることがとても難しいのですが。訪れるお見舞いの方々の服装と、肌で感じる気温で大体の季節を察することはできました。一応部屋に時計とカレンダーは飾ってありますから、今日が何月何日か、ということはわかっているというわけです。
その頃、私の大好きなお父さんが急に海外にお仕事をしに行くことになったとかで、会うことができなくなりました。鴛鴦夫婦だっただけに、お母さんはとても寂しい思いをしたのでしょう。――お父さんが出張に行ってから少し、様子がおかしくなりました。
ある時、部屋の外からお母さんがお医者さんに怒鳴っている声を聞くことになります。
『どうして早苗が!早苗だけなのよ!なんであの子だけなの!!こんな酷いことってないわ、ねえ!!なんとかしてよ、貴方医者なんでしょうっ!?』
他にも何か喚いていたようですが、金切り声がすぎて私には聞き取ることができませんでした。
その日私を問診に来たお医者さんに伺うと――おじいさんの彼は、少し悲しげに白くなった眉を寄せてこう言ったのです。
『最近お母さんはだいぶ具合を悪くしてらっしゃってね。お父さんがいなくなって、余計寂しさに耐えられなくなったんだろう。…しばらく、お母さんもお見舞いには来れないと思う。申し訳ないね、早苗ちゃん』
寂しいことですが、仕方ありません。
お母さんが精神的にかなり参っていることは明白でした。あんな金切り声を上げて錯乱するところなど見たことがありません。
本当は会って、お母さんを安心させてあげたかったのですが。そう。
――大丈夫ですよ、お母様。早苗は、大丈夫。もうすぐ死ぬのだとしても…きちんと運命を受け入れて、最後まで背筋を伸ばして生きていきます。お母様とお父様が、私をそうやって育ててくれたように。
ああ、でも。
死期がもし近いというのなら。最期に、部屋の外に出たいなというのが本心でした。
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