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彼女の前にあるクレバスは、自分の心そのものなのかもしれないと何となく感じ取った。
「……よし」
彼女はクレバス全ての溝を通わせようと意気込む決心で、一つの溝を降り始めた。
* * *
一つ、降る。
また一つ、降る。
そしてまた一つ、降る。
やはりまた一つ、降る。
──降るのはこれで何度目だろう?
同じ景色を見るのは何度目だろう?
繰り返して降るクレバスの溝は、分けても分け切れない同じ一つの溝。しかし、今も未だ降り終わらない程にあまりに大きい溝は一つだけじゃない。少女の周囲には幾つもの、それ程の大きさの溝がある。
今更ながらだが、パラシュートを使った方が早いのではと感じるかもしれないが、彼女が降っているのは溝。壁と壁の隙間を潜って進んでる訳なのだ。幅に制限の無い空間でもなければ、とてもそう簡単に降りられはしない。
続ける事が辛くて、仮に此処で諦めたとしよう。降るのではなく、反対に上へ登ろうともすれば、それはもう困難の程度が計り知れない。間違いなく、引き返しようの無いところまで彼女は来てしまった。
リュックの少し開いた蓋の隙間から二匹の小動物が、少し変わった様な、変わってない様な外の景色を覗いていた。小動物以外に人の誰かと一緒に居る事も無く、そして会話する事も無いので、彼女の無言で居る時間は増えていく。
「……」
通った溝を振り返る度に彼女は、もう進むしかないと何度も決断した。縦方向だけに続く長いトンネルを懸命に進み、ある筈の出口を目指した。
* * *
「……これで」
目的地に辿り着いたら良いなと。進む度に彼女は、冷えた息でお呪いの様にその都度、今の願い事を繰り返して呟いた。
もしも久し振りに人の誰かと出逢って声を出す時が来たら、どう出せば良いのか分からなくなるのが怖いから。
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