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……いや、元々誰かと話すのが苦手だった彼女は、誰かに助けを求める時だけ、声の出し方が分からなくなったら怖いと感じていた。その気持ちだけが強くなって、時々で良いから声を出そうと心に決めたのだ。
違っていても似た様な景色を見るのは、何回も繰り返せば必ず飽きてしまう。
一度だけで良いから、たまには違う景色を見たい。たった一度だけで良いから。
繰り返す事に慣れてしまった彼女は、そう願っていた。
「……ぁ」
漏れた声に合わせて、久し振りにリュックから二匹の小動物がひょっこりと顔を出す。
足下で青白い光は見えた。
それでも彼女は、握っていたロープを伝って慎重に降りた。
未だ続きそうな大長編の記憶の片隅で、いつか通りすがった大都会にあった大きなビルを思い浮かべていた。その大きな画面の向こう側にあったライブのステージ上で後方から照らすスポットライトみたいに、足元の光は彼女を歓迎した。
其処には今まで通って来た坑道とは明らかに違う世界が一つ、確かにあった。
山の中なのに、ついでに云えば森では無く、地上からの光も全く届かない様な洞窟なのに、どうやって輝いているのか分からない未知があった。神秘があった。
久し振りにやっと地に足を着けても、未だ浮き足立った様な感覚が忘れられず、夢を見てる様な──いや見せつけられてる様な、目の前の景色が更に感覚を惑わされた。
彼女が地に足を着けると同時に、リュックから様子を窺っていた小動物は洞の寒さを忘れた様に飛び出し、彼女と同じ様に地に足を着けた。
それからは舞い踊る様に先を進んでいく。そんな様子に彼女は少し慌てたが、歩いてても未だ追いつけそうな距離ではあったので、今の環境に慣れようとゆっくり歩いた。
* * *
寒さは、ほんとにいつの間にか忘れていた。
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