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高校生活最後の夏休みの間、僕は全く勉強しなかった。受験戦争の天王山と言われる夏に、僕は教科書を一切開いていない。そもそも、自分の未来が全く想像できない。大学生の自分。社会に出た自分。お金を稼いでいる自分。何にもイメージできないなら、何にもならなければいいのか。クーラーの効いた少し寒いくらいの部屋で、ゲームをしている今の自分のように。
ほとんどの生徒が大学に進学する高校に通いながら、大学以外の道を選ぶことも、また逃げているように感じていた。たくさんの大学の、無数にある学部の中に、自分の知りたいことがないという証明は、不可能にさえ思える。テレビゲームで負けて、太ももを思い切り叩く。一人きりの部屋に安っぽい音が響く。泣きそうになるのを失恋の悲しさでごまかす。
夏休み直前のホームルームで白崎さんに進路のことを聞いた。
「一応、推薦で国立とかもあるかなって考えてるよ」
「国立大学って、近いとこ?」
「うん。あんまり遠くに行く意味もないかなって。他の人には言わないでね。絶対。約束」
女の子は鳥のようにどんどん大人になってゆく。力強く羽ばたいて、遠くまで見通せる鋭い目で、進むべき道を選び取る。少し低い声で、明確な輪郭を描きながら、彼女は言った。僕は海底で押し黙るミズタコのように、何の言葉も返せないまま、ただ頷いた。
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