嘆きの灰は奪還を誓う

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 男は空間の歪みの中にいた。明滅する光の道の中を、先ほど街にいた時と同じように、軽やかな足取りで進んでいた。歪みは男にとっては他の道と同じものだった。この先には、男の家があった。街の中にあるのではない。この先は、街から大きな海を隔てた孤島につながっている。そこに建つ一軒の館が男の家だった。  当然、普通の家ではない。そもそも、島には男の館以外何もなく、連絡船なども一切通らない。むしろ、見つかると都合が悪いからか、島ごと完全に外界からは発見できないような作りになっている。外界との連絡手段は、今、男が通っているような空間の歪みだけであって、それも普通の人間では通るどころか、一切発見すらできないだろう、代物だ。  今まではそれで不都合はなかった。長いこと男は一人で島で暮らしていた。他に居住者はなく、どこかへ移動するにも男自身は歪みの道を通れるのだから、問題はなかった。  それが最近少し意外なきっかけで大きく変わってしまった。なんとか他の移動手段を考えなければいけないと、手元の買物袋を覗きこみ、自然と男はしまりのない笑みをこぼしてしまう。  袋には、赤ん坊の衣服におもちゃに生活用品。それから、その中でも異彩を放つ、小奇麗な髪飾りが入っていた。派手すぎず地味すぎず、若い女が好んで選びたがりそうな可憐な花の形の、赤い宝石があしらわれたものを、男は自分で選んでいた。まさか自分で使うわけではない。もう一人の館の居住者、男にとって何より大事な存在への贈り物だ。     
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