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春の野に菜の花が咲く頃
二人は婚前旅行に出かけることにした
独身最後の旅になるかもしれないから
少し奮発して、3泊4日の旅に出る
小川の流れる音が聞こえる旅館の部屋で
聡は、永遠(とわ)の愛を誓うかのように
杏奈の目の奥をじっと見つめて、プロポ-ズした
鼻の奥がツンとする
その日、聡が杏奈に渡したものは、婚約指輪ではなく
聡が用意した二人で暮らすマンションの部屋の鍵だった
好天に恵まれた旅の最終日
レンタカ-を運転し続けた聡に
多少の疲れがあったのだろうか
カ-ブの続く山道で、スピ-ドを出し過ぎていた対向車をよけきれず
二人を乗せた車は、谷底へと落ちた
聡は病院へ運ばれた1時間後に亡くなった
杏奈は、足を骨折したものの命を失うことはなかった
咄嗟に杏奈を庇おうとした聡のハンドル捌きがあったから
世の中の全てに現実感が失せ
余白だらけの1か月が過ぎる
骨折の治った杏奈は
聡の契約したマンションの部屋へ向かう
聡の両親ですら知らない部屋
鍵を開け部屋へ入ってすぐに感じる聡の気配
廊下を抜けて、居間のドアを開ける
テ-ブルの上にあったのは
聡の名前が記入され、印を押してある婚姻届の用紙と婚約指輪だった
そこには、聡の強い意思があった
「聡……」
私は、深い、深い森の中で迷ってしまった子供のように、その場に蹲るだけ
しばらくして、杏奈は静かに聡に語りかける
「聡は、この部屋で私が来るまでずっと待っていてくれたのね」
その日、杏奈はその部屋に泊まった
きっと、聡が会いに来てくれると信じて
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