二十三冊目 届けたい気持ち

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【第百八十八面 一緒に踊りましょう!】  銀暦(ぎんれき)二五四六年一月。  一昨年の年末のような騒動もなく、無事に新年がやってきた。西暦二〇二一年の始まりである。暦がごちゃごちゃになって混乱しそうだけど頑張ろうと思う。先程も「二〇二一年ですね!」と言ってしまい「こいつ古代人か」みたいな目をされたばかりだ。 「アレク君は面白い子だなぁ」 「まあ、僕らも面白いけどね!」 「そうだな兄弟!」 「おう!」 「おう!」 「仲良し面白ブラザーズ!」 「いえーい!」  ダミアンさんとディーンさんが腕組をしながらその場でぐるぐる回る。その様子をエドウィンが酷く冷たい目で見ていた。  クリスマスイブ、ぼくは璃紗と特別な話をした。後日琉衣に盛大に絡まれたのだけれど、どうやら琉衣は璃紗から相談を受けていたらしく、全て承知だったそうだ。おまえ達のことを生暖かい目で見守ろうとか何とか言っていた。琉衣を交えて三人で話をした。そうしてぼくは、これまでもこれからも、きっと、ずっと、ぼく達三人は仲良しでいられるんだろうなと安心したのだ。  年末年始は例年通り家族と過ごし、璃紗と琉衣とも数回会った。穏やかな時間が流れていた。  しかし、それもほんの束の間の出来事に過ぎないのだ。  何も起こらなかった。起こらなかったのである、()()()()()()。 「非番の日は一段と愉快に過ごしているようだな」 「はっはっはー。カザハヤさんも一緒に踊りましょう!」 「踊らん」  トゥイードル兄弟が何をやっている人なのか知らなかったけれど、エドウィンと顔見知りということは王宮で働いている人なのだろう。  一月某日、ぼくはエドウィンと一緒に街に来ていた。(ドミノ)を管理している王宮騎士のカザハヤ氏が森でドミノと共に暮らすアレクシス少年を街に連れてきたという設定である。こうしてアーサーさんもといマーリン・キングスレー氏の家の前に来るとぼくの名前はアレクに変わるのだけれど。目的は、街に用事があったから……。  踊る双子には全く興味がないといった様子でエドウィンはアレキサンドライトをいじっている。 「えっと……。あの、そこで踊られると家に入れないんですが」 「無理だアレク。一度踊り出したらなかなか止まらないぞ。双子の門番の踊りは王宮門前の風物詩になっているが、実のところ通行の邪魔になるという声も少なくない」 「門番さんなんだね」 「しかし、踊り続けていると不審者が不気味に思って侵入を拒むので役には立っている」  一長一短とはこういうものを言うのだろうか。  トゥイードル兄弟の踊りをしばらく眺めていると、玄関のドアが開いた。家主の紳士はおかしな光景を目にして眼鏡の奥の目をぱちくりとしばたたかせる。 「えぇと……?」 「あっ、マーリン叔父さん。ただいま! 今日は騎士さんがお話があるっていうから連れて来たよ」 「アレク君……。おかえりなさい。騎士の方も、どうぞお入りください」  やあ、キングスレーさん! と言って双子が動きを止めた隙にぼくとエドウィンは家の中に入った。ドアを閉めた向こう側からはまだ歌って踊る声が聞こえてくる。 「変な歌が聞こえたので何かと思ったのですが、トゥイードルさん達だったのですね……」 「あけましておめでとうございます、アーサーさん」 「あけましておめでとうございます、アリス君。お久し振りですね。……こちらには来られないと以前エドウィンに聞いたのですが」  リビングにぼく達を案内しながらアーサーさんは言う。随分とさっぱりしていた室内も、すっかりマーリン・キングスレー氏が暮らす生活感のある空間になっている。街で平和に暮らせている証明なのだろうけれど、撤退する時の荷物が大変そうだな。  暖炉に薪を放り投げてから、アーサーさんはキッチンの方へ向かった。紅茶を燃料にして動いている帽子屋は「お茶でいいですか?」なんて質問はしてこない。彼は問答無用でお茶を出してくる。  ぼくはエドウィンと並んでソファに座る。 「オレはすぐに王宮に戻って殿下の警護に就かなければならない。要点だけ話す。茶はいらない」 「もう淹れてしまったのですが」  テーブルにぼくとエドウィンの分の紅茶が置かれた。 「私のお茶が飲めない……?」 「……飲む。飲みます」  穏やかな微笑から放たれる威圧感にエドウィンは敗北した。前にルルーさんがニールさんのことを暴君だと称していたけれど、アーサーさんもそういうところが似ている気がする。  今日の紅茶は紫のような青のような、あまりお茶らしくない水色(すいしょく)だ。バタフライピーのようなものなのだろう。カップを口に近付けると、甘い香りが鼻を擽った。 「わざわざアリス君を連れて、何の用です」 「昨日……」  エドウィンはテーブルの上にワンダーランドの地図を広げた。中央に小さく収まっているのが街で、周囲は全て森である。木々が生い茂る森の数か所にバツ印が記されている。  ティーカップを弄びながら地図を眺めていたアーサーさんは、バツ印を目で追って数えて行くうちに表情を変えた。こんな印があるということは、何かがあったと考えるべきである。そして、その印が自分の家の位置にもあったらどう思うだろうか。  昨日、冬休みもあと少しだななんて考えながらワンダーランドにやって来たぼくは、一瞬のうちにニールさんによって鏡に押し込まれて帰還させられた。日を改めて今日、ぼくが目にしたのは雪を跳ね上げ石畳がひっくり返った庭であり、根こそぎ倒れた木であり、壁にひびが入った家だった。そして……。 「チェシャ猫が負傷した」 「……は?」  家の中には誰もいなかった。外に出たぼくの目に飛び込んできたのは、ぼろぼろになって倒れているニールさんだった。 「昨日、森で大規模なバンダースナッチ、ジャブジャブ等による襲撃が行われた。捕縛した者を尋問したところ、黒の陣の者だと答えていたそうだが……」 「兄さんは無事なのですか」  アーサーさんが身を乗り出すようにしてエドウィンを問い質した。焦った様子のアーサーさんを前にしても、エドウィンは表情をぴくりとも動かさない。 「ナオユキが見付けて、すぐに公爵夫人の元へ知らせに行った。そして、ブリッジ公爵家の車で街の病院に運び込まれた。意識はある。今はクラウスを傍に就けさせているから、何かあればアイツが対応してくれる……はずだ……。ちゃんとできるか心配だが……」 「……そうですか」 「ナオユキを街に連れてきたのは、先程チェシャ猫の様子を一緒に見に行ったからだ。それと、森に一人にしておけなかった。ブリッジ公はナオユキも街にいると思っているからな。公爵には、夫人が発見したと伝えてある」  ぼくが見付けた時、ニールさんはいつもお茶会セットを置いている辺りに倒れていた。雪が積もっているためお茶会セットは撤去していたので無傷だったけれど、家の前も、家自体もかなりのダメージを受けているようだった。  曰く、家を守ったのだと。アイツの帰って来る家が無事でよかったと、チェシャ猫は言った。外傷は思ったよりもなさそうだった。でも、体が疲れ切っていて動かないらしい。ちょっとだけ本気を出してしまったと言っていた。 「怪我自体はたいしたことはなかった。万が一を考えて街の病院に入院させたが、しばらく安静にしていればまた暴れ回るようになるだろう」 「兄さんも、家もそんな状態なのに……どちらの様子も見に行けないのが非常にもどかしくて、情けなくて……。私、私は、いつまで……」 「マーリン・キングスレーを装ったまま見舞いに行くこと自体は可能だと思うが……まだドミノが……?」  アーサーさんは黄緑色のラインが入ったお気に入りのティーカップを弄んでいる。この沈黙は是として受け取っていいのだろうか。  マーリンの名前を使うことは愚か聞くことすら拒んでいたのが嘘のように、現在は嬉々としてその名を振り回している。捕まっていたこと、王妃に首を狙われたこと。今はそれ以上に深い傷を負っているということか。それとも、マーリンという名前自体に関してのみ克服したのかな。 「無事でよかった。お大事に。と、兄さんに伝えておいてください」 「分かった。では、オレはもう一度病院に寄ってから王宮へ向かおう」  エドウィンは紅茶を飲み干して席を立った。 「ナオユキのことは後でクラウスが迎えに来る。じゃあな」 「あっ、待って待って。ぼく一応ここの家の人だからお見送りするよ。ご近所が見てるかもしれないし……」  コートを翻すエドウィンの後を追って、ぼくは玄関へ向かった。家の前ではまだ小太りの双子が踊っている。疲れないのだろうか。 「おや! カザハヤさんお帰りかな!」 「また王宮でお会いしましょう!」  双子を無視して去っていくエドウィンを見送っていると、不意に手を引っ張られた。ダミアンさんとディーンさんに手を掴まれたのだと気が付いたのは、彼らの踊りに巻き込まれて数秒経ってからである。  三人で輪になって回り出す。拒否権はないようだった。
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