香り

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私が彼の実家へお伺いすることにきめたのは、この世にはいないけど彼に直接会ってみたい感覚にとらわれたから。直感できめて行動を起こした。 小此木さんや安田さんに秘密にして、2日間無理矢理予定を空けた私は旅に出た。彼の実家へ飛行機で飛び、バスに乗り、さらに徒歩で向った住宅街の一角にある彼の家。 旅行カバンと花束を抱えながら、お便りの住所。彼の実家の前へやって来た。 夏の太陽が差し込み、首筋を汗が流れる。 呼び鈴を鳴らし、少し間があって優しい表情の30代後半の女性が現れた。 「ラジオDJの小林真美といいます。」 「小林さん・・・あぁ・・・ようこそいらっしゃいました」 私のことを察した女性は彼の母であることを名乗り、来訪に感謝を述べられた。中に入るように丁寧に促されて、私は急な来訪を詫びつつ居間へ進んだ。 居間から仏間に案内されるとお仏壇の横に、彼の笑顔の遺影と白い布に包まれた箱が安置された祭壇が静かに私を迎えた。なにより印象を残したのは、濃厚な線香の香りだ。 私は花をを供え合掌して祈りをささげる。頭を下げて見上げて笑顔の遺影をじっと見つめた。無言の時間がしばらく流れる。香りはより濃厚の度合いを増して、線香の煙は部屋を染めた。 お母さまは私を彼の部屋に案内してくれた。6畳間にベッドがあって、情報誌で付録だった私のポスターが張り出され、棚には私の番組CDが全作品収められていた。 「なかなか片づけられなくてそのままにしてるんです。」 お母さまは部屋を見渡しながら、まだ生きてる感じがするんですよね、とも。 私はお茶を勧められるままに居間でお話をした。 彼は進学校受験のために勉強に没頭していて、息抜きにラジオを聞いていたようだ。 ラジオ内容を明るく、話すことも度々ありました、とお母さまのお話を聞きながら、私はお茶をすすった。 しかし合格してから目標をうしなったのか。心身の不調を訴えるようになり、笑顔もなくなり、病院から薬を処方されるようになってしまって・・・。 そのあと学校を下校したまま行方不明になり、夜に警察の方から電話が来ました。 ストレッチャーに乗っていた息子は、眠っているようで、葬儀のあともまるで死んだ気がしないのですよね。 私はは黙って聞いているしかなかった。
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