第一話 エーテルの光に導かれて(2)

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第一話 エーテルの光に導かれて(2)

 ミオナ達は、お互いの自己紹介も兼ねて三人一緒に食事を取っていた。  この工房での活動の事から、リリーベルがやっている魔法技術の事。さらには、お互いの持つ知識と見解を、お互いがわかる範囲で語り合った。  先程起こった件についてリリーベルは、ユアンとミオナに一から丁寧に包み隠さず説明する事にした。その方が、変な誤解を招かずに済むと判断したからだ。  鎮守の森……ユアンやミオナ達の住む工業技術の側から見た森とは違い、リリーベルの住む魔法技術科の連中にとっては、なくてはならない大切な『聖域』のようなモノであった。  リリーベルが言うには、この聖域から出てくる『魔力の粒子・エーテル』と、魔法を使う為に必要な『触媒』を組み合わせて使う事によって、初めて魔法を使う事が出来るらしい。魔法使いにとって、この森から溢れ出てくるエーテルが存在していない場所では、魔法は当然使えない。一般の人達よりも非力な分、能力は格段に劣ってしまう。勿論、触媒が無い場合も同様である。  普段は、魔力を持たない人々……コモン達が、魔力の源泉でもある森の祠に簡単に入って来れないように特殊な結界を張っているのだが、今回のケースでは、何故かその結界が働かず、そこにユアンとミオナがうっかり入ってきた……というのがリリーベルの見解らしい。  魔法も案外万能じゃないんだなぁとユアンが感心していると、ミオナが突然頬を膨らませ……でも私、コモンじゃないもん!! と、拗ねてしまった。 「えっ?……違うのか?」 「コモンは俺だけ。この人は、アーバンフットだよ」  リリーベルは、咄嗟にしまったと口を覆った。  見た目が完全にコモンの子供と変わり映えしない為、ミオナ自身このような事はよくある事だと分かっていた。ただ、魔法が使えないと言う事だけで、人を馬鹿にし見下すようなリリーベルの態度にちょっとだけ意地悪をしてみたくなったのだ。この強かさと駆け引きの上手さが、都会のネズミの異名を持つアーバンフットの強みとも言える。  プライドの高い森の民・ニトラアインの少女がどう出るか……ミオナがじっと見ていると、リリーベルは顔を俯かせ涙を見せる。 「……ごめんなさい。ボク、そんなつもりじゃ――」  大粒の涙が一つ、また一つと流れ出した。  どういう形であれ、助けてもらった人達の顔に泥を塗ってしまった――誇り高き見習い魔法使いは、どんな事があろうとも簡単に頭を下げるもんじゃない。そう幼少の頃から教えられてきたが……この時リリーベルは、どうしてもそんな気にはなれなかった。その姿を見たユアンとミオナは、慌てて彼女に取り繕う。 「ちょ、ちょっと、何も泣かなくても――」 「そうだよ。ほんのちょーっと、間違えただけだし」 「でも……でも――」  その時――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……と、腹の底まで響く低音と揺れが、工房全体を揺さぶる。野ざらし状態のガラクタらは傾き、棚に置いてあった備品や工具が次々と落ちてくる。 「えっ!? 地震?」 「こんな時に!?……マジかよ……」  ミオナとユアンは、咄嗟にテーブルの下に潜り込んだ。  お互いに顔を見合わせ安心したのも束の間。ミオナはハッと思い出した。 「そういや? あの子は?」  ミオナに促され、ユアンがリリーベルに目をやると、怯えて身動きが取れず、地面にへたり込んでしまっていた。 「ぬう……仕方ねーなぁ」  ユアンは、リリーベルの足を掴んで思いっきり引っ張り、一気に机の下へと引きずり込む。その拍子に、リリーベルは前のめりに転倒し顔面を強打。声にならないうめき声を漏らし悶絶する。 「うわ……顔からいったよ」  同情するミオナよそに、地震の激しい揺れは次第に収束していった。身を隠していたテーブルの周りには、倒壊した機械や棚から落下した備品や工具などが散乱し、所々亀裂のような損傷も見受けられた。 「……ふう、ようやく収まったみたいだね」  ミオナが恐る恐るテーブルから顔を出し、ゆっくりと外に出てくる。ユアンもゆっくりとテーブルから出て……一時はどうなるかと思いましたよ。と、服についた煤を払い油断した瞬間――今度はリリーベルが、テーブルの下からユアンの足を掴んで思い切り引っ張った。案の定、顔面を強打するユアン。  仕返しに成功したリリーベルは、ドヤ顔でテーブルの下から出て来る。 「これは、さっきのお返しだ!」  この野郎……と、ユアンは立ち上がりリリーベルに詰め寄る。 「いきなり足を引っ張るなんて危ねーだろが!! この、耳長の田舎モンが!!」 「先にやったのはそっちだろ!! このメガネコモンめ!!」 「な……何を――」  ユアンとリリーベルの睨み合いが始まった。  緊急時とは言え、お互いのやった事の正当性の主張から始まり、女のクセに変な言葉使いしやがってだとか、男のクセにいざって時に役に立たないメガネ野郎だとか、レベルのとてつもなく低い悪口合戦が始まった。倦怠期最中の夫婦喧嘩さながらである。 「この子達、見た目は全然違うけど……中身は完全に同レベルだわ」  犬猫以下の口げんかが続き、そろそろミオナが飽きてきた時、足元から靄が染み出てくる。 「ユアン、リリーちゃん。ちょっと!」  ミオナの呼びかけに、ユアンとリリーベルはふと我に返った。 「喧嘩してる場合じゃなかった……行かなきゃ」  リリーベルは、辺りを見渡し箒とランタンを探し始めた。それを見たユアンとミオナも、ガラクタの散らかった床をほじくり返し始める。 「ちょ……何を――」 「リリーベルの用事ってヤツを、ちょーっと手伝ってやろうかと思いましてね」 「ここで会ったのも、何かの縁だしね」  二人の優しさにリリーベルは一瞬ほっこりするも、すぐにハッと我に返った。 「けど、あの巨人には物理的な攻撃は通用しないんだ。ミオナ先輩達にやれる事なんか――」 「何もないかも知れないね。けど……さっきまで一緒にごはん食べてた仲間のちょっとしたお手伝いくらいは、私達にも出来るかも知れないじゃないさ」 「案外、探せばあるモンだぜ。やれる事ってさ」  ユアンに呼び捨てにされて一瞬イラッとしたリリーベルだったが、この場は取りあえず、この人達の優しさに甘える事にした。  休憩させてもらった上に、ご飯までごちそうになった手前むげに断ると、後で何を言われるかわかったもんじゃないし……何より、他人に必要以上の貸しを作るのだけは、性格上どうしても出来なかったからだ。 「先輩……ありがとうございます」  ミオナに対し、リリーベルは笑顔を見せる。つられてユアンも笑顔になるやいなや、リリーベルは、一瞬で嫌悪の形相をユアンに向ける。 「けど……このメガネに気を使われる程、ボクは落ちぶれちゃいないけどね」 「……せめて、名前で呼んでくれないかな」  ミオナ先輩との態度が全然違うじゃねーかよと内心思いながら、ユアンは鎮守の森に向かう身支度をせっせと整えていった。  薄気味悪く靄がかかる森の中、ユアン達はバタバタに乗り森の奥に鎮座する祠を目指す。  ヘッドライトを照らしマシン特有の爆音を響かせ、バタバタは森を奥へ奧へと進んでゆく。 「さっきより靄が濃くなってる。マズいな……」  バタバタを操縦するユアンを始め、荷台に座るミオナとリリーベルも緊張の面持ち。眼前にぶら下がるランタンを前にして、ミオナはふと疑問が湧いて出てきた。 「ところでそのランタンさ、祭壇に置いた後どうするの?」  ミオナの問いかけに、リリーベルは……えっ? と、言葉を詰まらせる。 「……どうするって、どう言う事ですか?」 「置いた後、何か魔法を使うとか、派手なお祈りをするとか、イカした小道具をとか……その辺の事、おじさんにどうするか聞いて無かったの?」  リリーベルは、えーあーと唸った挙句、答えに困窮し押し黙ってしまった。 「ひょっとしてさ……そのランタン持っていけば、何とかなるって思ってたんじゃないよね?」  一瞬ビクッとした所を見ると、どうやら図星のようだった。リリーベルの箒を持つ手が尋常ではない程震え出す。 「だって、あのおじさん。ボクにランタン渡してすぐに息絶えたから……それ以外の事なんて、何も聞いて無い……です」 「うわぁ……マジか」  何もかもが未熟な魔法使いの見切り発車に巻き込まれた事に気付いたユアンは、激しく落胆した。  真面目で頑張り屋で、ちょっとおっちょこちょいな少女の人柄あってのこの展開だったが、よくよく考えてみれば……さっきまで赤の他人だった人間(?)の言う事を、疑う事無く素直に聞く方もどうかしている。ゲームや漫画じゃあるまいし、そう都合よく活躍なんて出来る訳が無い。今考えれば、何て軽率な行動を取ったのかと、脳内で猛省するが後の祭りであった。 「どうする、ユアン。引き返すんだったら今だよ?」 「いや、折角ここまで来たんです。取りあえず、行くだけ行ってみましょう」  ダメだったら、工房に戻ってまた作戦を練り直せばいい。それよりも、この状態をそのまま放置して、原因も分からず取り返しのつかない事になるよりかは数千倍マシだ。ユアンがそう語ると、ミオナは、そだねとだけ言い残し、バタバタは歩みを進めた。 「……すまない」  ユアンはアクセルを踏み込み、さらに森の奥へと進んで行った。  暫く進むと、少し開けた森の奥深くに佇む祠が見えてきた。と同時に、さっき敵わなかった岩の巨人も否応なしに視界の中に入ってくる。 「そういや、さっき……ここでコイツが動かなくなって、いいようにやられたんだったな」  嫌な事を思い出すユアンの後ろから、リリーベルが声を掛けた。 「今、結界を解除するから、そのまま進んで」 「へ? 結界?」  リリーベルは、ポーチから黒い玉と白い玉を取り出した。禍々しく怪しげな模様が表面についており、いかにも魔法のアイテムっぽい感じのフォルムだ。「魔法使い以外の眷属の者を簡単に入らせないようにする為のトラップが、この森には沢山あるんだ。魔法使って解除するから、ゆっくり進んでくれ」  訝しげながらも、ユアンはアクセルを緩めた。  リリーベルは、気を取り直して首飾りに触ると、首飾りがボワッと怪しく光り出す。  開け!! 聖域を護る隔たりの壁よ!! と唱え、黒と白の玉を前方に投げつけた。すると――前方の空間に突如亀裂が入り、ガラス板のように音を立てて粉々に割れ落ちた。おおーっと、感嘆の声を上げるユアン。 「これでしばらくは大丈夫……だけど」 「だけどって、どう言う事だ?」 「このトラップは、外から入れなくするだけじゃなくって、中にいるヤツも外に出られなくする為のモノなんだ」 「つまり……目に見えない鳥籠みたいなモノか?」 「元々、魔術は闇の眷属において力を発揮する術。ただでさえ夜は魔術の影響力によって通常よりも力が増幅するんだ。そんな時に、あの怪物を外に出てしまったら……今のボクの力ではどうしていいか……」  リリーベルは、これ以上の言葉を発さず口籠ってしまった。  悲しげに俯く彼女の頭を、ミオナは優しくポンと叩く。 「けど……私達は、あの化け物を倒しに来たんじゃない。リリーベルの……私達の約束を果たしにここまで来たんだよ」 「コイツだって、カラは小さいけど馬力はあるんだ。大丈夫、頑張れば絶対やれるって!」  リリーベルは頭を垂れ涙を流す。 「さーて……行きますか!」  案の定、岩の巨人はユアン達に向かって突進してくる。  「行くぜ、こんにゃろう!」  ユアンはアクセルを吹かしバタバタを前進。迎え撃つ形で、岩の巨人と正面からがっぷりと組み合った。ドスンと重い衝撃が体に響いてきた後、バタバタの歩みはピタリと止まった。 「おおお……コイツ、めっちゃ怪力じゃんか」  岩の巨人のパワーに圧倒され片膝を付くバタバタ。押し返す事が出来ず、何とか堪えている。所々駆動部から上がる軋みと、バチバチと上がる火花が悲鳴にも聞こえてくる。 「うーん……このままじゃ駄目か――」  ユアンはアクセルを吹かし動けない事を確認した後、頭を掻き諦めたように肩をすくめた。 「どうやら、無理っぽいわ。リリーちゃん、行って」 「で、でも――」 「私達がコイツを足止めしてる今がチャンスだよ。だから……早く!」  リリーベルは後ろめたさを感じつつ、箒にまたがり祠に向かって飛んでいった。その姿を見送ったユアンは、操縦桿を再び押し出す。 「勝つか負けるかは別にして……時間稼ぎ、まだまだ行くぜ!!」  バタバタは駆動音を上げ、体制を何とか立て直す。  バタバタと巨人が大相撲に勤しむ最中――リリーベルは祠の中の祭壇に到着した。  リリーベルは、穂先にぶら下げたランタンを取り外し、祭壇にそっと置く。 「どうか……コレで終わって!」  両手を組み、必死で祈るリリーベル……だったが、ランタンにこれと言った変化はない。 「えっ? 何で――」  狼狽するリリーベル。  言いようのない虚無感と悲愴感に苛まれ、もう……ボクにはどうする事も出来ない。心が折れ、諦め始めたその時――巨人に投げ飛ばされたバタバタが、リリーベルの近くに飛んで来た。  ドーン!! と、バタバタは大きな衝撃と土煙を舞い上げて転倒する。  振り落とされるようにユアンとミオナも吹き飛ばされ、衝撃に巻き込まれたリリーベルと共に、三人仲良く祭壇の後方に飛ばされてしまった。  きゃああー!! と、リリーベルの悲鳴が上がる中、祭壇に設置されていたランタンも、空高く弾き飛ばされた。 「リリー!!」  ユアンが絶叫する中、リリーベルは土煙の中から這いつくばって出てきた。「まだだ……まだ終わっちゃダメなんだ!!」  リリーベルは、這う這うの体でランタンに向かう。 「ここで……負けるわけには――」  岩の巨人がとどめを刺そうと、両拳を組み振り上げたその時――森の木陰から、ゆっくりと朝日が差し込んでくる。  グオオオオー!! と、太陽光を浴びて突然悶絶する岩の巨人。 「ん? 苦しんでる……のか? アレ」 「あ……そうか、そう言う事か!!」  リリーベルは、この巨人のリアクションを見てふと思いついた。  この岩の巨人自体、闇の魔法の眷属内でのみ活動の出来る個体。故に光には弱い筈。この魔法のランタンの中の石に、どんな小さな光でもいいから掻き集め、魔力を帯びて増幅した光をヤツに直接ぶつけれれば、コイツの動きを封じられるかもしれない……と。  その話を聞いたユアンは、がぜんやる気が湧いてきた。 「何か分からないけど、これはチャンスって事だよな!」  ユアンは転がっていたランタンを回収し、祭壇に急ぎ走った。リリーベルも、ユアンに呼応するように祭壇に向かう。  苦しむ岩の巨人を尻目に、ユアンとリリーベルは祭壇に到着。 「いくよ!! せーの――」  ユアンとリリーベルが二人揃ってランタンを祭壇に置いた瞬間――太陽光が祭壇にあるランタンの中心の石に集まり、光は一瞬で周りを昼のように明るく照らした。  グワアアアアアオオオオオオオオーーーーーー!!  まともに光を浴びた岩の巨人は、悶え苦しみながら徐々に岩に戻って行く。 そして……最後には、完全な岩の塊となって沈黙した。 「へへ……やったぜ」  岩の巨人の断末魔が終わった頃には……森は、いつもと変わらぬ朝焼けが訪れていた。 「完全には封印が出来て……ない?」  日も高くなった昼前――現場に到着した魔法技術科の調査隊員のこの言葉に、ユアン達は落胆をした。  調査員の話によると……封印してはいるのだが、不完全かつ奇跡的な魔力のバランスによって、岩の巨人の拘束が出来ているだけの状態らしい。原因は、術者のリリーベルの圧倒的な魔法の力不足によるもので、本当はもう一度封印し直すのが良いのだが……場合によっては、巨人が歪に復活して、また何かをしでかす可能性を孕んでいる、割と危険な状態なんだそうな。  一応ユアン達は、調査隊にお願いして封印し直してもらう事も考えたが……やれ儀式に必要な備品が足りないだとか、封印に必要な大御所先生の許可が必要だとか、それに掛かる経費が結構お高いでっせ、だとか……何となく、面倒くさいし関わりたくないって事はよく分かった。  以上の経緯によって……取りあえず、今回はそのままにすることにしたのだった。  今後、リリーベルが魔術師として成長した後、再度巨人を封印するって事で話はまとまったが、封印に失敗した際のリスクについては誰も話をしていない。要は、リリーベルが魔術師として成長した後、そっちで勝手にやってくれって事のようだった。 「えーっ!! もう、行っちゃうの?」  昼頃――工房に戻ったユアン達は、出立するリリーベルを見送っていた。 「一日でも早く、ヤツを封印できる力を身につけないといけないんで……」 「何か……やる事多くて大変だな。魔術師ってのは」  リリーベルは、鼻でクスリと笑いながらまあねと、笑顔を見せた。 「それと……私個人の事で先輩達にまでご迷惑を……本当に、何と言っていいか――」 「気にしないで。こう言うのって、持ちつ持たれつだからさ」 「本当に……ありがとうございます」  頭を垂れた後、リリーベルは箒にまたがり宙に浮く。 「それじゃ……」  リリーベルは、挨拶するなり空の彼方に飛んで行く。  ユアンとミオナは、その姿が見えなくなるまで無言で見送った。 「多分、また来ますね。あの子」 「おそらく……ね」  見上げる空には、一筋の綺麗な虹がかかっていた。 (第一話・完)
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