第一話 エーテルの光に導かれて(1)

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ

第一話 エーテルの光に導かれて(1)

 夜の帳が降り、森は静寂に包まれていた。  森の奥から淡白い光が一つ、また一つと……空に向かっては儚く消えて行く。そんな中――1つの人影が一迅の風とともに森を駆け抜ける。  小さな光が灯った魔法のランタンを箒の先に引っ掛けて、魔法使い見習いの小女・リリーベルは低空を飛ぶ。 「もう少しなんだ、頼む……」  その顔には疲労と焦りが伺えるも、リリーベルは祈るように必死に箒にしがみつき、森の奥へと飛んで行った。  森のすぐ傍には、『特別独立学区』と呼ばれる大きな自治区がある。  周囲を巨大な壁に囲まれた要塞のような学校組織で、専門性の高い高校と大学を一つの自治区として学園を運営している。  主に工業技術を取り扱う『工業技術科』と、畜産や酪農、その他農業全般を扱う『農業技術科』。それに加え……森を挟んだ反対側の建物あたりに、『魔法技術科』がそれぞれ独立した状態で存在している。  自治独立を行っている関係上、軍隊や警察組織自体の存在がこの学園にはなく、学園内の有志達で結成している『独立自警団』からメンバーを派遣。迷子になった猫ちゃんの捜索から、近隣住民同士の諍い等のトラブルを解決する事により、学園とその周辺の自治を守っている。  自警団のメンバーで、独立学区の外周を毎日パトロールするのが自警団としての日課。学園内の工業技術科の生徒にして、修理工房『R&Cマシンワークス』の工員見習い・ユアンと、その先輩・ミオナは、『TA』と呼ばれる旧型の人型マシン『バタバタ』に乗り、施設周辺の舗装された外壁を二人一組でパトロールしていた。  操縦しながら周りを見渡すユアンに対し、ミオナは操縦席の後ろの荷台で寛いでいた。 「はあ……本当に、大丈夫かなぁ……」  何気ないユアンの溜息を、ミオナはふと気になった。 「何? 何か言いたげじゃん、ユアン」 「そ、それは……」  内心、ユアンはこの独立自治のやり方に疑問を持っていた。  ある日突然、巨大な化け物に襲われたりだとか、何処かの軍隊が突然攻めてきたらどうしようだとか、この学区に進学してきて以来、良い得ぬ不安が日に日に大きくなっているからだった。  入学当初は、自身のちょっとした正義感やら使命感が相まって、空回りしながらも任務を遂行するつもりではあったが……蓋を開けてみれば、田舎の駐在さんの日常のような毎日。自警団の存在意義って何だろう? こんな事やってて意味あんのかな? と、自問自答を繰り返していた。 「こんなに暇で、本当に大丈夫かって事でしょ? 心配無いよ」 「先輩、でも……」 「医者とか警察、軍隊なんてモノは暇なくらいが丁度いいんだ。それが、平和ってモンだよ」  何もかも見透かしたように、ミオナはケラケラと笑った。  ユアンは将来、先の戦争で行方不明になった父を探す為、まずは機械の技術と知識を身に着ける為に、故郷から遠く離れたこの学校に入学して来た。  生まれた時から機械に囲まれて育って来たせいか、機械の知識と操縦にはある程度自信はあった。だが……現実は、自身の持つ知識や技術は何一つ使う事が無く、時間が止まったような日常の繰り返し。毎日同じ作業を行う囚人のような生活に若干辟易していた。  心の何処かで、目の覚めるような冒険や、格好の良いバトルだとかしてみたい……けど、面倒くさいのはマジ勘弁などと、中二病にも似た都合の良い妄想で日々の退屈を我慢する。これが、最近のユアンの生活パターンだった。 「じゃ、そろそろ帰ろうかなっと――」  ミオナが荷台から飛び起きた刹那――目前に広がる森の中から、ゆらゆらと淡い光が漏れ出しているのに気付いた。 「ユアン、あれ!」  ミオナの指さす先を見るユアン。一瞬の緊張感が二人の間に走る。 「先輩、どうします?」 「応援を呼んで、って……言いたいけど、もし火事とかだったら……」 「中に残った生徒達の避難とか、今からじゃあ、間に合わないかもしれないですね」  運転席の後ろのバーにしがみ付いて、うーん……と考えるミオナ。ユアンがそっと耳を澄ませてみると、工房に帰ってご飯をたべなきゃとか、お風呂の後のおやつの時間がどうだとか、延々と独り言が漏れ出てくる。 (明らかに面倒くさがってる。この人……)  一向に返事を捻り出さない先輩をよそに、ユアンはバタバタを森に向かって前進させる。再び揺れ出す機体。ミオナは落ちそうになる所を寸でで機体にしがみ付く。 「ちょっ……待ってよ!」 「緊急事態で長考は駄目ッスよ先輩。取りあえず、現場に行ってみないと」  ミオナは、恨めしそうな眼差しと大きい舌打ちをユアンに向けたが、すぐに観念し大きな溜息をついた。 「あーあ……何で、こんな時に限ってこんな目に。私は、世界一不幸な――」  愚痴を延々と漏らすミオナを道連れに、バタバタは森に向かって行った。  月の光をも遮る森……そこは『迷いの森』と、地元のコモンと呼ばれる人間達から恐れられている樹海で、一度入ると二度とは出られないという噂があるジャングルで、ユアン達にとって最も身近にある人外の地でもあった。  バタバタは、ヘッドライトを点けゆっくりと奥へと進む。夜という事もあってか、静寂に包まれた森の中ではバタバタの駆動音がよく響く。 「くそっ! 前が見づらい……」  道無き道を開拓するがの如く進んでゆくと、広場のような空間に出て来た。  広場の中心には、朽ちた岩で囲まれた祠の中に、古びた祭壇が剥き出しになった状態で月光に照らされ、さもスポットライトを独り占めするかのように静かに鎮座していた。  まるで時間が止まっているような佇まいに、ユアン達の顔にも緊張が走る。 「何だ……ココは?」 「祠? 祭壇っぽいけど……こんなのあったっけ?」 「――って言うか、俺、ここに来るの初めてッスよ」  バタバタを前進させ、祠の数歩手前あたり迄来た時――突然、バチンと何かにぶつかったような衝撃がユアン達に走った。今まで経験したことのない衝撃の後、機体がピクリとも動かなくなった。 「えっ? 何? 何が起こったのさ?」 「何か……ぶつかったのか?」  ユアンは、操縦桿やフットペダルをガチャガチャと動かしてみた。だが、ハングアップした時のように全く反応が無い。 「やっぱり、動かないです。先輩」 「動かないって……ちょっと代わってみ」  ユアンは、荷台に座っていたミオナと操縦を代わった。  ユアン達の乗るバタバタは既製品のTAとは違い、普段用の無い機体上部の外装を外してフレームだけにしている。そうする事によって、何処からでも乗れる上、わざわざ一回降たりする必要が無くなり便利に使いこなせる。既製品をも自分達にとって使いやすく改造等して使う……これは機械屋だからこそなせる業なのである。  代わって操縦席に座ったミオナは、先程のユアン同様操縦桿やフットペダルを動かしてみる。動く手ごたえやエンジンの音は出るものの、機体はピクリとも動かない。 「電装系や駆動系はイカれてない。レバー抜けやギアの脱落も無いのに……何でだ?」 「ひょっとして……ここに入って来んなって事ッスかね?」 「……まさか、見えざる力ってヤツ? そんなオカルト的なものなんてさ――」  そうこうする内に、狼狽するミオナの足元からゆっくりと靄が現れた。  地面から染み出す様に現れたガスは、やがてミオナとユアンの乗る機体を囲み始める。 「先輩、やっぱ、変ですよ。ココ」  靄が濃くなり視界が悪くなる中、次第にユアンとミオナは言い得ない焦りを感じ始めた。 「からかってる訳とかじゃなくって……何か、マジっぽいよね」 「けど、コイツが動かなきゃ、俺達何には出来やしないしな……」 「くそぉ……せめて、この子が動いてくれさえすれば――」  ミオナが操縦に気をとられていると……大きな地響きがドスン、ドスンと、体の芯に訴えて来るような衝撃が迫って来る。 「ん? 今度は……何だ?」   訝し気にユアンが顔を上げると――目の前に、巨大な岩の影が現れた。 「なっ!!……岩?」  不思議がるユアン達をよそに、岩は靄を吹き飛ばしながら自身の姿を変えてゆく。  腕に、足にと……段々人の姿に近づいてゆく岩。最終的には、歴戦の勇者を彷彿させるような立派な人姿に変わっていった。 「こりゃ……絶体絶命のピンチだね」 「何、呑気な事言ってんですか!! 早く逃げないと!」 「逃げるって言うけどさ、この子が動かないんじゃ――」  などと二人が揉めているうちに、岩の巨人は目からビームを発射。放たれたビームはバタバタの機体の側面をかすめ、はるか後方に飛んで行った。  バタバタはその衝撃で転倒してしまい、ユアンとミオナは悲鳴と共に地面に放り出された。 「この力……マジかよ」 「まさに、オカルトっぽいデタラメな力だよね」 「けど、どうします? どう考えたって、俺達じゃアレには勝てないッスよ」  岩の巨人は、倒れるユアン達を狙い口を開けた。口には、機械的な異音と共に、光がどんどん集まってくる。やっ……やられる! と、一瞬覚悟を決めるユアン。すると、突然空から束ねられた縄と鈍く光る小瓶が、岩の巨人の上からゆっくりと落ちてきた。  小瓶は地面に落ちた瞬間割れ、強烈な光を放つ。その後――岩の巨人の足元から、無数の茨が勢いよくブワっと飛び出し、纏わりつくように巨人の体に力強く絡みつく。  グアアーッ!! と抵抗する岩の巨人。茨は後ろからも姿を現し、更に襲い掛かる。 「なっ……何なんだ、アレ?」 「多分、魔法ってヤツだよ。私も、この目で見たのは初めてだけど」  もがき苦しむ岩の巨人は、後へ強引に引きずり倒され大きな土煙を上げた。その拍子に口から放たれたビームは、天を貫き轟音と共に消え去って行く。  この異様な光景を目の当たりにしたユアン達に、言いえない恐怖感が走る。 「うわーっ、えげつなーい」 「……この状況でよく淡々と言えますね、先輩」 「当たらなけりゃ、あんなのどうって事――」  ピンチを乗り切って安堵するユアン達の前に、箒に乗ったリリーベルが上空から現れた。安堵したユアン達とは対照的に、彼女の顔は怒りに満ち溢れている。 「ありがと、助かった――」  ユアンは、握手しようと手を差し伸べたが、リリーベルは怒りに任せ手を払いのける。 「ここは、コモンの様な者が来る場所ではない!! 命が惜しければ、今すぐ出て行け!!」  リリーベルのあんまりな態度に、ユアンとミオナはムッとし、彼女に詰め寄った。 「なっ……何を偉そうに――」 「そうだよ。いくら私達が無礼な態度だったとしても、いきなり怒鳴るなんてさ!」 「今は時間が無いんだ。だから――」  リリーベルは、一瞬フッと意識を失いそうになった。  体が重い。目の前がグラつく。まだ、まだ倒れる訳には……と、己の心に鞭を入れるように必死で堪えてみる。だが、やがて糸の切れた操り人形のように、箒からゆっくりと削げ落ちた。 「おいっ!! 大丈夫か!!」  ユアンとミオナは、慌ててリリーベルを介抱し始める。倒れた彼女の体は小刻みに震え、体中から大量の汗をかいていた。 「ちょっと待って、ユアン。この子……すごい熱だよ」  ミオナは、リリーベルの額に手を当てるなり青ざめた。  息は荒く、混濁した意識の状態で苦しむリリーベルの姿を見て、ユアンとミオナはリリーベルを連れて一旦工房に帰る事にした。  まだ、この靄の原因が何も分かっていない事が気がかりだったが、目の前の病人をこのまま放置する訳にもいかない……人命を最優先させなきゃと、二人で決めた事だった。  幸いバタバタは、さっきのビームに弾かれたおかげで取りあえずは動くが、陥没したボディと、ちぎれかけた腕部を見てどこか心許なく切ない。  ほんの数分間に起こった不可思議な出来事を目の当たりにして、憮然となるユアンであった。  この学園から北に百キロ程離れた、長い耳を持つニトラアインと呼ばれる人達の住む小さな集落があり、リリーベルはココで生まれた。  魔法が生活と密着している環境という事を除いては、割とどこにでもあるような田舎の集落だ。  リリーベルは、一般的な教養を問う勉強は割と得意としていたが、魔術に関しては熱心に学びはするものの、何故かあまり上手くならなかった。その上、魔法使いにしては珍しく運動が得意であった為、集落内ではかなりの変わり者として扱われてきた。でも、本人は本人なりに、今迄何不自由なく暮らしてはいたつもりではあった。  家業を手伝う目的で魔法使いになる為、学園の魔法技術科へ入学。いざ新生活をと意気込んで宿舎付近の散策に出たその時――ローブをまとった瀕死の男から、不思議な魔法のランタンを託された事により、リリーベルの人生にちょっとした変化が生じたのであった。 「これを、祭壇に……魔人を、再び……眠りの中へ――」  男はそう言うなり力尽きた。  突然の事で動揺するリリーベル。今まで割と平凡に生きてきた自分に、何故こんな事が目の前で起こるんだろうか?……これはどういう意味で、ボクは何かに試されてるのか? 等々、考えれば考える程頭が混乱してくる。 「でも、どうしたら――」  逡巡するリリーベル。そうこう迷っている内に、足元から怪しげに靄が湧いて出てくる。 「今度はボクの番って事か……なら!」  決意したリリーベルは、ランタンを抱え森の奥深くへ飛んで行った。  あれからどれだけの時間が流れたのだろうか……ユアンとミオナは、リリーベルを連れてマシンワークスの工房に戻って来ていた。  スヤスヤとソファに顔をうずめて眠るリリーベルをよそに、ユアンとミオナは傷付いたバタバタの修理に取り掛かっていた。  バタバタをハンガーに一旦格納し、ミオナは操縦席に乗り込み動作チェック。ユアンは、バタバタの足回りを中心としたパーツを一つ一つ丁寧に分解しは点検をしてゆく。  分解しては組み立て、動作チェックをしては再度分解してと……ただひたすら地味な作業が延々と続いていった。  ユアンとミオナが地道な作業に勤しむ中、ソファで眠っていたリリーベルがゆっくりと目を覚ました。 「うーん……うるさいなぁ」  慌ただしい機械音が響く中、リリーベルは大きく伸びをする。その直後、ハッと我に返り、何でボクはここで寝てたの?……確か、機械に乗ったおかしな格好した二人組を助けた筈で……って、それ以前に、ココ何処だ?……と、一人ブツブツ言いながら、頭の中を必死に整理し始めた。 「あ、起きた?」  リリーベルに気付いたミオナは、操縦席から飛び降りて来る。  えっ? あ……うん。と、どことなく歯切れの悪いリリーベル。突然の事だったとは言え、さっき怒鳴りつけた連中をこうやって目の前にすると、ちょっと気まずい。でも、魔力を持たない一般のコモン達には、あーでもしないと調子に乗って付け上がって来るかも分からないし。でも、やっぱり……まだ怒っているのかなと、しどろもどろな感じでモヤモヤとしていると、グウウ……っと腹の虫が自己主張してきた。  いや、これは、その……と、赤面し慌てるリリーベル。その姿を見て、ミオナは思わず吹き出して笑った。 「ううっ……何で、こんな時に――」 「話は後にして、とりあえず御飯にでもしよっか?」  リリーベルは、申し訳なさそうに小さく頷いた。 (第一話・つづく)
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!