第五話 或る聖人の最期 (2) 

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第五話 或る聖人の最期 (2) 

 一方その頃……木の城の外では、相変わらずアーバンフットの小さいおじさん達が、スクラム組んでドスンドスンと木にぶつかっている。ミオナとニケは、ユアン達の無事を祈りつつ、バタバタに乗って静観していた。 「ぬぅ、大丈夫なのかニャぁ……」  ニケが心配してバルコニーを見ていると、突然最上階の部屋からギャンとした金切り音と共に、雷光にも似た眩い光が弾けた。ビックリした小さいおじさん達の中からも、ざわつく声が聞こえる。  金切り音にびっくりしたミオナは、ひゃっと可愛らしい声を上げてニケに抱きついた。 「何? 何が起こったの?」 「分かんニャイけど……何らかの魔法が発動したのかも知れないニャ。しかもあんな木で出来た部屋の中で、あんな派手な魔法をブッ放したら……魔法に耐性のない人は、確実に即死しちゃうかもしれないニャ」 「……マジで?」  ニケの魔法の話を聞いて緊張感が張りつめてくる。そんな中、ミオナは何処からかコゲ臭い匂いを感じ取っていた。  木の城の最上階では、黒ずくめの男が翻した外套の隙間から中の様子を恐る恐る覗いた。すると……煌々と光る短剣を構えるユアンの目前に、猿人が突っ伏して倒れていた。猿人の体には、雷が直撃したような荒々しい裂傷が刻み込まれている。 「これは……どういう事?」  黒ずくめの男が驚く中、ユアン本人も驚きを隠せなかった。駄目だ! 殺られる!! と、思った瞬間――短剣が突然光だし、部屋一杯に光が満たされて……気が付けば、猿人が目の前で倒れていた。今迄それなりに様々なピンチの場面に遭遇して来たけれど、こんな経験は初めてだった。  「……一体、どうなってるんだ?」  ユアンが短剣を不思議そうに見つめていると、後ろからリリーベルが尊敬の眼差しを向けてくる。へぇー、スゴーイと声を受けている内、短剣に宿っていた光が徐々に収束し、やがて元に戻っていった。 「凄いなユアン。君って、魔法が使えたのか?」 「まさか! 生まれてこの方、魔法なんて一回も使った事が無いし、使おうとも思った事も無いよ……て言うかリリー、今、俺の名前呼んだ?」  ユアンに言われ、それに気付いたリリーベル。思わず……え? あー……と、顔を赤らめて誤魔化し始めた。 「ベ……別に、良いじゃないか! ボクが、そう呼びたくなったんだから。それとも、何か不服か?」  可愛らしく怒るリリーベルを一瞥し、ユアンはニコニコしながら、別に……と、優しく返した。自身の迂闊な行いにリリーベルは、あわわとユアンの肩に顔を沈める。 「しかし、何だったんだ? 今の……」  改めてまじまじと、不思議そうに短剣を見つめるユアン。軽く握り返したり振り回すも、短剣はうんともすんとも言わない。 「まさか……錬成銀か?」  黒ずくめの男がポツリと呟くと、ああっとリリーベルが納得した。  錬成銀とは、金属加工等をする際に特殊な魔術を施した貴金属である。かなり昔から存在自体は確認されてはいるものの、その実態は謎に包まれている。よく魔法使い達が、錬金術師が金儲けの為に作り上げた寓話だとか、卑しい山師のいかがわしい儲け話だとかの話として出てくる程出会う機会が殆ど無い。  それ程珍しい刀剣を、何故一介の機械屋が持っているのかは別にして、黒ずくめの男の興味は、次第にポンコツ魔法使いのリリーベルから、錬成銀の短剣を持つユアンに向けられているのであった。 「ううっ……」  傷だらけの体に鞭打つように、フラつきながら猿人は立ち上がった。ただ、立ち上がったは良いものの、肝心のユアン達を見つけられないようで……辺りをキョロキョロと見渡している。 「一体、何が起こったんだ?……私は、ココで何を――」  猿人は、薬の影響が無くなって正気に戻ったようだった。だが、何処か落ち着かない。よく見ると……両目が稲光の影響で見えなくなった様だった。 「クソッ……何故だ? 何故、何も見えないんだ? それに……ココは、どこなんだ!!? 誰か……誰か、居ないのか!?」  錯乱する猿人のフラフラと徘徊する姿を見て、ユアン達は哀れみにも似た感情が湧き上がる。もしも、逆の立場だったら、自分はどうなっていたのだろう……そう考えると、ユアンは何も出来なかった。 「ちょっとアンタ、何してるの! そっちは駄目よ!!」  黒ずくめの男が叫ぶが、錯乱する猿人には届かなかった。フラフラと右に左に踊る猿人は、やがてバルコニーに躍り出た。 「ヤバ――」  咄嗟に飛び出そうとしたユアンを、リリーベルが腕を引っ張って止める。 「ちょっ、何を――」 「どういう形であれ……アイツ、ボクを辱めようとしたんだよ。ボクがいくら泣いても、叫んでも、止めようともしなかったのに……そんな奴を、ボクは助けたいって思わない!」 「だからって、死んでいいなんて――」 「ボクだって、死にかけたんだぞ!! なのに、なのにぃ……」  ユアンの腕にしがみつき、泣きながら訴えるリリーベル。事が事だけに、無理に引き剥がすことも出来ずユアンが困惑していると――。 「―――――――――――!!!」  猿人は、バルコニーから足を踏み外した。フワッと宙に浮く感覚の後、目の見えぬ猿人は、絶望を告げる叫び声を上げながら、シャングリラヤードの町並みに吸い込まれていく。段々小さくなっていく猿人。やがて、地面に小さな煙の花をドンと咲かせて沈黙した。 「何て事を……」  悲嘆にくれるユアンを無視するように、黒ずくめの男は猿は所詮猿かとボソっと吐き捨て、わざとらしく舌打ちをした。この行為に、ユアンは怒りを覚える。 「何で……何で、舌打ちなんだよ! お前ら、仲間じゃないのかよ!!」 「そんな下賤な間柄じゃないわよ。私達はもっと崇高な――」  ……と、黒ずくめの男が持論を展開させようとした所、木が焦げる香ばしい匂いが部屋に充満してきた。 「うっ……火か――」  木の焦げる匂いが強くなる。堪らず口元を覆うユアンとリリーベル。パチパチと熱のこもった燃焼音と、足元から湧き上がる熱気を受け、黒ずくめの男は、観念したようにヤレヤレと肩をすくめた。 「ここはもう駄目なようね。それじゃあ、お暇させてもらうわよ」  黒ずくめの男は、バルコニーに身を乗り出した。先程とは違い、ひらりとバルコニーの手摺りの上に立ち、外套を大きく広げる。 「……この借りは、絶対返させてもらうから、覚えてらっしゃい!」  こう言い残し、黒ずくめの男は窓の外へ身を投げた。 「待て――!!」  ユアンが駆けつけ、男に手を伸ばす。だが……あと一歩の所で、黒ずくめの男はコウモリに姿を変え、大空高くに飛び去って行った。 「クソッ、取り逃したか……」  黒ずくめの男を取り逃がし、地面を叩き悔しがるユアン。そうする内にも、木の城の崩壊は着々と進む。エーテルドライバーの核である動力部からは、勢いよくガスが漏れ出したのを皮切りに、床がミシミシと音を立て崩壊を始めた。 「リリー!!」  振り返り、慌ててリリーベルの元に向うユアン。リリーベルもユアンの元に急いで向うが……その時、エーテルドライバーの動力部から、ドンと大きい炸裂音と眩い光が漏れ出た。 「おい! あれ……」  木の城の下で、一人の小さいおじさんが最上階を指差す。仲間達が何事かと指先に目をやると……最上階からドーン大きな爆発。大地を揺るがし大空に響き渡る轟音と共に、何かが飛び出して来た。 「ニケ!!」  ミオナの合図に合わせ、ニケは口元をクチュクチュさせ魔法を発動。大きな釣竿をポンと出した後……魔法使い過ぎちゃった、後よろしくニャ。と、ミオナに釣竿を渡しウトウトとし始めた。 「ま、まさかの丸投げかい!?」  ミオナの嘆きも何のその。おねむの猫ちゃんは、欠伸をした後ゆっくりと眠りについた。  釣りなんてやった事無いのに。こうなったら……ええい、どうにでもなれと言わんばかりに、ミオナは運転席から身を乗り出して釣竿を振るった。糸は飛び出した何かに向かって一直線にビューンと伸びていく。 「うー……正解が分かんないよぉ」  不安に駆られるミオナをよそに、糸が急にピンと張り詰めた。恐る恐る軽く引っ張ってみると……クイッと反応が返って来る。 「何か知らんけど……今だーっ!!」  ミオナが力任せに竿を引き上げると、空の向こうから、人らしき物体がこっちに向かって飛んで来る。 「わ、わ……マジか!?」  猛烈な速度で迫ってくるモノを見て、及び腰になるミオナ。恐怖に耐えられずひゃっと身を躱すと、糸が体中に巻き付いた状態で、ユアンとリリーベルが荷台に乗り上がってきた。  一本釣り状態で釣り上げられたユアンとリリーベルは、糸に絡まれながらも、仲睦まじく抱き合ってるようにも見える。 「何だかんだ言って、ラブラブかよ……まあ、無事だったから良いけどさ」  呆れるミオナをよそに、木の城は火に包まれ……やがて崩壊していった。その炎は天を焦がし、夜の帳が降り、朝を迎えるまで飽きることなく燃え続けた。  取りあえず……一連の事件は、無事幕を閉じた。  一夜明けたシャングリラヤードの街並みは驚く程静かで、昨日まで居座っていた木の城の跡地には、僅かな木片や灰を残して見事に消え去っていた。木の下でスクラム組んでたアーバンフットのおじさん達は、もう楽しみがなくなっちまったと肩を落としながら日常に戻っていく……もうそこには、昨日の残り香は何処にも存在しなかった。  ミオナ達マシンワークスの連中は、リリーベルを無事回収し、一路特別学区に向かってバギーを走らせていた。  運転席でハンドルを握るミオナの他、荷台にはユアンにリリーベル、未だ高いびきのニケが乗って、全ては上手くいった……筈だった。それなのに、ユアンだけが未だに目を覚まさず深い眠りの中にいた。  重苦しくなる空気の中、普段気丈なリリーベルが、ユアンの手を一生懸命握りすすり泣く。 「ユアン……」  一刻でも早くユアンが目覚める事を祈りつつ、バギーは走り去って行った。  そして夜の帳が降り、静寂が訪れ始めたシャングリラヤードの外れでは、猿人が這いつくばりながら、ゆっくりと、ゆっくりと街を後にする。木の城から落下したせいで、腰から下が上手く動かない。 (こんな所で……死んでたまるか――)  黒ずくめの男に出会ったが為に、こんな酷い目にあったが、ようやくこの悪縁を切ることが出来た。目は見えなくなったものの……これで、私は自由だ! 幸せになれる!! そう猿人が確信した時だった。 「……とうとう見つけたぞ、化物め!!」  何処か聞き覚えのある声がする。もしや、以前戦った人間達の残党か? 確か……あの時全滅させた筈。まだ生き残りが居たとは……と、猿人は頭をフル回転させ、記憶の糸を手繰り寄せていく。軍靴に添えられた鉄鋲の音が小さくカチャ……カチャッと迫る音を聞き、ふと思い出した。確か……粛清騎士団とか言っていた奴らだ。猿人の心の奥底に小さな恐怖が蘇る。 「貴様の罪を数えろ。そして祈れ!……さすれば、楽に逝けるだろう」  粛清騎士団の戦士は、スラッと懐から剣を抜く。その刃は、月夜に反射し怪しい光を放つ。 「ま……待ってくれ! 話せば分かる。話せば――」  這いつくばりながらも必死に逃げようとする猿人。私は、まだ死ぬ訳にはいかない! 命を賭けて、ようやく掴んだこの自由を、こんな形で終わらせる訳にはいかないんだ!!……と、生への執着を見せる。戦士は藻掻きながら必死で逃げる猿人の姿を追う。次第に迫る死の恐怖に猿人の顔が歪む。助けてくれ! 命だけはと、必死に命乞いする猿人を遮るように、戦士はズンズンと猿人との距離を詰め、剣を振り上げた。 「神の名において……安らかに逝けい!!」  戦士の刃が猿人に振り下ろされた。  肉を切り骨が砕け、血煙の花が夜空を彩り魂は絶命の悲鳴を上げる。……猿人の辞世の叫びが、闇夜に寂しく響いた。  一方その頃――黒ずくめの男は、とある森の中で腕を庇い蹲っていた。  ユアンに切られた腕がジンジンと疼く。ジワジワと痛みが体を蝕む中、男は木にもたれ掛かり一休みしていた。 「この姿じゃ、かえって目立つわね……そうだ!」  そう言うなり、黒ずくめの男は懐から小瓶を出した。中には、リリーベルの髪から培養した紫色の液体がチャプチャプと満たされている。 「こんな所で使いたくなかったけど……仕方が無いわね」  黒ずくめの男は瓶の蓋を開け、液体を飲み干した。すると……体中から大量の湯気が噴出。ウオオーと叫び声を上げながら、男の姿からリリーベルの姿になっていった。  黒ずくめの男改め、黒いリリーベル。略して黒ベルへの変身が終わり、体中をあちこち触る。おお、素晴らしいとか言いながらも、短い髪と胸だけはどうも納得がいっていない様子。しばらくうーんと唸った後、指をパチンと鳴らす。すると、黒ベルの髪の毛が腰くらいまで伸び、胸元は女性らしい厚みが出てきた。 「さあ、今度はどうしてくれようかな? まずは……服を何とかしないとね」  黒ベルは外套を翻し、コウモリに姿を変え夜空に飛び出した。月夜に照らされた緑の大地は、今日も静かに月光を浴びて夜風に揺らいでいた。 (第五話・完) 
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