第六話 二人のリリー (1)

1/1
前へ
/24ページ
次へ

第六話 二人のリリー (1)

 夜霧が深く佇む街並み――街には石造りの建物が規則正しく並び、道は綺麗に整備されているが何処か寂しい。  ユアン達のいる特別学区の遥か南に、麦の穂の国と呼ばれる小さな国が隣接しており、その領地の海辺の地域にこの街はあった。  リアス式に岩肌が剥き出しになった海岸線を、防衛しやすいように人工的に改修。天然の要塞の佇まいも持つこの街は『ウツボの根城』と近隣諸国の軍人達に呼ばれ、麦の穂の国にとっては国の命綱を握る重要拠点であり唯一の海上拠点。海岸沿いや小高い土地には野砲や塹壕を備え、港には軍隊のものと思われる巨大な鉄の舟が我が物顔で鎮座している軍隊の前線基地だ。  街ゆく人々は麦の穂の国の軍服に身を包み、銃を掲げて鉄兜を被り二人組で規則正しく街をゆく。  街のあちこちに掲げられている旗には、大きく麦の穂の紋章が誇らしく描かれ、街の灯りは外灯のみが寂しく照らす。軍靴の音だけが小さく響くこの場所は、薄らぼんやりと眠りに沈んでいた。  そんな街に、立派な石造りの建物が街の中央にそびえ立っている。ちょっとした宮殿を思わせる立派な門扉を持つこの建物は、麦の穂の国の軍司令部である。  この建物の奥の奥には、軍隊で一番偉い人が偉そうにふんぞり返れる司令室なるものがあるが……薄っすらと、中から光が漏れている様子。中では……この軍隊の最高司令官・マホガニー大佐と黒ベルが大人の密会の最中であった。  麦の穂の国の王族の親族として生を受けたマホガニーは、幼い頃から将来国を支えるエリートとして英才教育を施され現在に至っている。が、実情は……王の親族というだけで特別扱いされた上級市民で、その正体はワガママ放題に育ったいい歳こいた只のボンボン。自身の家柄をいい事に改竄贔屓は当たり前、自身の保身や欲望の為にはどんな汚い手段をも躊躇せずに行使出来る絵に書いたような駄目貴族だ。  類まれに見る見栄っ張りで女好き。その上博打好きな性分で、ついこの間贔屓にしている女を囲い込むという目的を満たす為に、貴重な国庫を使い込んだ事だそうな。発覚を恐れるこの小心者は、部下や懇意にする数少ない味方を容赦なく切り捨て、自らに降りそそぐ火の粉を出来るだけ回避しようと腐心に腐心を重ねた。でも詰めの甘さ幸いし、この悪事が親族にバレて渋々こんな外れにある軍事基地に幽閉同然に栄転という名の左遷をさせられて現在に至っている。  退屈と満たされぬ自尊心に時を浪費する中、ある日お忍びで街に出た際にナンパした黒ベルと知り合ってから、マホガニーの人生はゴロっと変化してゆく。  邪な下心をいい事に、黒ベルにいいように振り回させれるマホガニー。今では、黒ベルに顎で使われる良き下僕となりさがっていた。  はだけた衣服を直す黒ベルを見て、マホガニーの鼻の下は伸びっぱなし。浮ついたマヌケ面を晒すこの男には、軍人として上級市民としての威厳は欠片も見えなかった。 「つ……次は、いつ会えるんだ? 明日か? 明後日か? それとも――」  そうねぇ……どうしょっかなぁ? アタシ、こう見えても忙しいしぃ……と、艶っぽく焦らす黒ベル。その様子を見たマホガニーは、顔色を変え必死に取り繕う。先程まで情熱的にキャッキャウフフと触れ合った間柄なのに、今度は突き放すような冷たいこの仕草。一筋縄ではいかない耳長の娘に、マホガニーの心は完全に虜になったご様子だった。 「金か? 宝石か? 今度は、何が欲しいんだ?……どうすれば、私の愛がお前の心を射止める事が出来るんだ!? 教えてくれ……ベル」   完全に骨抜きにされた男は、飼い主の顔色を常に伺う哀れな飼い犬のようにも見えた。 「そうねぇ……欲しい物があるんだけど、出来るぅ?」  そんな男に目もくれず、黒ベルはデスクに腰を掛けイタズラっぽく微笑んだ。    そんなやり取りが夜通し行われていくうちに街を覆った夜の帳は開け、爽やかな朝日が注ぎ込んでくる。  鳥達の囀りが囁かに朝を告げる中、街に人影がチラホラと現れる。そんな中――宿屋から一人のニトラアインの女が旅装束に身を包み宿屋から出て来た。  長く美しい髪と独特の長い耳を持ち肌の露出が若干多めのこの女、実はリリーベルのお姉さんのカンナベル。実家の家業を手伝う魔法使いで、主に魔法の道具の運搬と、不要になった魔法の道具の買い取りと回収を主な業務として近隣の街から街を飛び回っている営業に生きるキャリアウーマン。地元では、妹のリリーベルと姉のローゼンベルとで三人を『鈴鳴りの三姉妹』と呼ばれ、集落を代表する美人姉妹の代名詞として通っているのがちょっとした自慢なのである。 「ん?……あれは!?」  カンナベルはウーンと伸びをした拍子に、ふと遠くにいたリリーベルを発見した。それは……カンナベルが知る、地味で田舎者丸出しの可愛い妹ではなく、派手な外套に身を包み商売女のようなケバケバしい出で立ちで、軍人と腕を組んで楽しそうに歩く妹の姿であった。 「リリー……なの?」  あまりに変わり様にカンナベルは、思わずマジで!? と、声を漏らした。髪は腰まで伸びているものの……あの顔立ち、歩き方は間違いなく我が妹リリーベルだった。  数日後……所変わって、ここは特別学区――マシンワークスの工房では、ミオナとニケがエンジンの搬入に立ち会っていた。  普段ミオナ達が扱うバタバタと同型のマシンの後方に荷台を取り付け、その上には真新しい機械の塊……TA用の物と思われるレシプロエンジンが厳重に積まれていた。それをアーバンフットのおじさん達が、工房のホイストを使って慎重にエンジンをパレットに積み替えている。   先だって、報酬として貰ったガラクタ……グリルポーンを何とか稼働させようと、マシンワークスのみんなでコツコツと報酬を貯めてきた。その報酬を使って、グリルポーン用のエンジンを、ミオナの実家でもある『パラダイス商工会』経由で発注。そうして、今ようやく到着したのであった。 「これ見たら、ユアン喜ぶかニャ?」 「うーん……どうだろう? コレ、純正品じゃないからさぁ……正直、ちゃんと動くかどうか、組んでみないと分かんないんだよねぇ」  機械の組み上げに関してはちょっとした自信があるミオナでも、今回は少々勝手が違っていた。  流石にニ世代以上の時を得ている為か、今のモノとは動力機構が違う上に、設計書らしき物も純正品のパーツも手に入れる事が出来なかった。元の完成品が分からない以上、ちゃんと直せる保証はない。そんな環境下であるにも関わらす、結構な金額を投資してしまった……駄目だったら、どうやって資金を回収しようかなと、腕を組み一人うーんと唸っていると……おはようございまーすと、聞き覚えのある声が。ハッとミオナが後ろを振り返ると、こっちに向かって歩いて来るユアンの姿が目に入って来た。 「ユアーン!!」  ニケは、真っ先に喜び勇んでユアンに向かって行く。まるで、飼い猫がご主人の帰りを待ちわびていたかの様に一直線に。その姿を見たミオナは、良かったと顔を綻ばせて安堵する。  それもその筈……前回、シャングリラヤードでの一件以降、ずっーと眠り続けていたメガネの青年が、一週間の時間の後ようやく目覚めて目に前に立っているのだから。 「おー……ようやく到着っスね」  ユアンはエンジンを見て、ふと漏らした。真新しい鉄の塊を目の当たりにして、心なしかどこか嬉しそう。 「結構な金額を投資したからね。元は取らないと――」  ミオナはユアンに一枚の請求書を見せた。提示された紙切れを一瞥した後、ユアンの表情がキュッと強ばる。 「……計算、間違って無いッスよね?」 「これでも、お友達価格なんだってさ」  はあ……と、ユアンは溜息をついた。長かった眠りから覚め、新しいオモチャが手に入った。さあ、これから頑張って行こう! と思った矢先に、急に現実に引き戻され、何だかやるせない気持ちになってくる。 「ところで……リリーは?」 「あ、それなんだけどね……実家から急に呼び出されたって言って、昨日慌てて出ていったよ」 「何か、悪さでもしたんじゃニャいか? 実家から呼び出し食らうなんて、よっぽどの事かもよ」  ケラケラ笑うニケをよそに、ユアンはそっか……と、残念そうにエンジンに視線を落とした。眠っている間、ずっと傍らで看病してくれていた耳長の少女に、お礼の一言くらい言っとかなきゃと思っていたが……いないなら仕方ない。今度にしようと思った刹那――ご機嫌よう、皆さん!! と、聞き慣れない声がした。  ユアン達が声のする方へ振り返ると、見るからに……私、お嬢様です! と、言わんばかりのリリーベルと同じ位の歳頃と思われる耳長の少女・イーデルアイギスが仁王立ちをしている。 「ユアンって方は、どなた?」  特別学区から遙か北方に百キロ程行った所に広大な森林地帯がある。  人々の行き交う交通ルートから大きく離れ、完全に下界から孤立した感が伺えるこの森は――鬱蒼とした樹木が、一種の巨大な迷路のように複雑に入り組んでおり、まるで来訪者の訪れを拒絶するかの如く森林地帯の隅々にまで張り巡らされている。その先には、緑と青の畔と名乗るニトラアイン達の住む小さな集落がある。  樹木のドームで覆われた湖畔の傍らにあるこの集落では、バンガローやログハウス等があちこちに点在している。その中でも、コテージのような立派な造りの建物があり、中では……リリーベルが、母や姉、祖母ら親族一同から詰問されるような形で正座して項垂れていた。 「何故、呼び出されたか分かるわよね? リリー」  この家の家長にしてリリーベルの母・マリーベルの問い掛けに、リリーベルは頭をもたげていた。  幼少期から男の子同然に育った為か、炊事・裁縫などの女子力高めな家事全般はお世辞にも得意とは言えない。だけど……今は、ちょっとした裁縫や簡単な炊事くらいはするし、身の回りの事くらいは困らない程度には出来ている筈。特に進学してからは、機械関係の組み立てやTAを使った軽作業もやってるし……と、考えれば考える程、リリーベルの頭の中には「?」マークが1つまた1つと増えてくるが、呼び出される程のヤバイ事柄が何一つ出て来ない。 「何で、呼び出されたんですかね? ボクにはちょっと――」 「じゃあ、コレを見て」  同席していたカンナベルが、懐から一枚の写真を取り出した。何か盗撮っぽい写真ではあったが、リリーベルと思われる女と、恰幅の良い中年の軍人が腕を組み仲良さげに街をゆく姿が撮られていた。写真の解像度が中途半端な分、余計にそれっぽく見える。 「男と付き合うなとは言わないけどさ……何も、こんなオジサンと付き合う事無いんじゃ――」 「コレ……ボクじゃないんですけど」  リリーベルの発言に、親族一同から動揺とも取れる声がザワザワと漏れる。  今回この写真があったせいで、リリーベルは家族会議と称する呼び出しを受けるハメになったが、元々の情報源はゴシップ好きで時々ホラを吹くカンナベルだったのを一同は思い出した。  よくよく考えてみると……髪はウィッグとかで何とかなるものの、この胸の大きさはどう見ても本人ではない。只でさえボディラインにコンプレックスを持つ年頃の娘が、わざわざ特別学区を抜けて胸だけを強調した格好をして不細工な男に媚を売るような事をしなければいけない理由は無い。それ以外にもそこまでする理由がリリーベルに無い事を鑑みても、この話を持ち込んだ次女の話の信憑性はどんどんと崩壊していく。だと思った……やっぱりねと、母達の安堵する声が次々と漏れてくる。それと同時に、リリーベルとカンナベルの普段の行いによる家族からの信頼度が鮮明に表れた形になる。 「じ、じゃあ……コレは、一体誰なの? 髪の長さはアレだったけど、歩き方や笑い方なんて、アンタそのもの――」 「あー……その事なんだけどぉ……1つだけ、1つだけ心当たりが――」  リリーベルは、気まずそうに語り出した。それは……先日起こった、リリーベルにとっては思い出したくもない悪夢のような出来事だった。 (第六話・つづく)
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加