第六話 二人のリリー( 2 )

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第六話 二人のリリー( 2 )

 リリーベルは、特別学区より百キロ程北に離れた広大な森林地帯の中にある、緑と青の畔と呼ばれる小さな集落内にある実家に呼び出されていた。  先日、麦の穂の国の港湾軍事施設でリリーベルのそっくりさんを姉のカンナベルが発見。本人かどうかの確認をする為、ワザワザ実家に呼びつけられた形だった。  姉、母、祖母が取り揃う家族会議と銘打った査問委員会が繰り広げられる中、リリーベルはここ数日に起こった出来事を、時系列のまま淡々と語り始めた。  親兄弟に何の相談も無く、本来学ぶべき筈の魔法技術のサークルとは全く無関係の無い、機械系のサークル・マシンワークスに加入した事から、機械イジリに精を出し様々な依頼をこなしながら日々を過ごしている事。そして……シャングリラヤードで起こった、リリーベルの人生史上初のピンチという恥ずかしい出来事まで、包み隠さず分かりやすく。  話が終盤に差し掛かってくると、何故だか涙が止まらない……心の奥にしまっておいた、あの時何も出来なかった悔しさと、本性を剥き出しにした異性に対する怖さが、リリーベルの瞳を淀ませていった。 「なるほど……大体、分かったわ」  リリーベルが泣き崩れそうになる寸での所で、マリーベルは話を切った。  自身の目の行き届かない所で起こった事に憐れんで話を止めた訳ではなく、次女が持ち込んだ件の疑惑が、この時点で「シロ」と判断出来たからだった。  祖母共々、母の下す意見に異論は無かった。が……三姉妹の中で、一番男に対しての免疫が無い末娘にはちと厳しい経験。これからのこの子の人生にとって、何か悪い方向に向かわなければいいが……と、リリーベルに対しての視線が徐々に同情に変わっていった。  そんな中で、マリーベルの中で一つの疑問が湧いてきたので、何気なくぶつけてみた。 「で、その話の流れで一つ気になる事があるんだけど……そのユアンって子、誰なの?」   マリーベルの素朴な問い掛けに、はい? と、リリーベルは裏返った声を捻り出した。先日の件以降、ユアンとはちゃんと話していないし……かと言って、恋人って訳でも無いし、全くの他人って言うのもどうかなぁって思うし……と、考えれば考える程、どう答えたらいいのか分からず、恋する乙女のようにモジモジと恥じらいを見せ始めた。 「ははーん、そういう事か……」  何かにピーンと来たのか、まるでクイズの正解が分かったかのように、カンナベルが声を上げた。 「アンタ! その男の事、好きなんでしょ!!」  え―――――――――――っ!!?  一斉に上がる驚愕の声と共に、一同の視線がリリーベルに集まる。  今迄生きてきた中で、これといった浮ついた話が無かったリリーベルが、とうとう乙女としての階段を一段上がった。色めき立った新旧の乙女達は、そんな事を喜ぶと言うよりも、こんな仕上りの末娘を、好きでいてくれる相手はどんな男なんだろう? ひょっとして、アレか? いや違う、ナニだよ……と、次第に相手の方に興味が移っていた。 「で、相手はどんな人? 年上? 年下? それとも――」 「それよりも、何キッカケで知り合ったんじゃ? 若人達が集う合同ハイキングか? それとも文通か?」 「……裏切り者」  四方八方から責め立てられるリリーベル。半ば吊るし上げられた状態の中……駄目だ、このままでは恋人がいるって設定で処理されちゃう。下手したら、付き合って何ヶ月? だとか、結婚いつにするの? 式場は? だとか、田舎は都会に比べて娯楽が少ない分、恐ろしい程話が飛躍するし拡散する。  リリーベルが頭の中で様々なケースの脳内シミュレーションをすればする程、幸せな家庭しか見えて来ない……本来はそれが良いっちゃ良いんだけど、今はそう言うのじゃ無くって……と、考えを巡らせれば巡らせる程、泥沼にハマっていく感が否めない。  リリーベルが幸せな妄想に浸っていると、いつの間にか話がネガティブな方向に変わっていく……こんな大事な事なのに、我々に顔を見せない事は何事だとか、相手の誠意が見えないだとか……和気あいあいとした雰囲気が、次第にユアンを糾弾する流れになっていった。 「アンタ! 騙されてるよ!!」  カンナベルの発言に親族一同が賛同する。これからその不貞な男に、面と向かってビシッと言ってやろうと……リリーベルを差し置いて、カンナベルとマリーベルは旅支度を始める。 「アンタの代わりに、私らがビシッと言ってあげるから……安心してココで待ってな!」 「よくも、ウチの可愛い末っ子に……許さないから!!」   えっ? あ、ちょっと待って! と、慌てて引き止めるリリーベルを無視するかの様に、カンナベルとマリーベルは、意気揚々とほうきに乗って飛んで行った。 「ううっ……何で、こうなっちゃうの? 何処で、話が変わっちゃったの?」  トホホ……船頭さんが居ないと、船はこんなにアッチコッチ行くのか……と、リリーベルがとっ散らかった状態に困り果ててると、上のお姉さん・ローゼンベルが……ドンマイと、肩をポンと叩き慰めた。 「ボク、何か悪い事した?」  憮然とするリリーベルに祖母のサクラベルが、うーんと一考した後こっちへおいでと手招きする。何事かと、気を取り直しリリーベルが祖母の傍にちょこんと座るや否や、サクラベルは懐から飾り気の無い小さなピアスと、古びたメダルを三枚手渡した。  何これ? と、リリーベルが不思議そうに手渡された物をジロジロと見ていると、サクラベルは改まって座り直した。 「さあリリーや、これから……お前さんにとって大切な話をするから、心して聞いとくれよ」  祖母の語り掛けに、リリーベルは固唾を飲み込んだ。  マシンワークスの工房に突然現れた耳長の少女・イーデルアイギスの登場により困惑するミオナ達。  ツンツンデレデレがちょいと激しめなお嬢様は、早速お騒がせなようで……どうやら、ユアンが男だった事に少々ご立腹の様子であった。 「私、そんな話は聞いておりません!」  彼女の話から察するに……ユアンが特別学区に戻って意識が戻るまでの間、リリーベルが傍らで看病をしていた。  心配になったリリーベルは、普通の医者ではなく、魔法技術科の教員であると同時に魔術専門の呪術医・テラー先生に相談しユアンを診察して貰った。すると……エーテルが、短時間の間に体内に過剰摂取された状態。いわゆる『エーテル被曝症』になっているそうな。  魔法の使えない一般人にとっては命に別状は無いものの、時々この症状がキッカケで、一般人にも魔力を宿す事が稀にある。その際に……魔力に振り回されて、一般人の住む世界に戻れなくなったり、最悪、気が触れて命を落とす事があるようだ。  そうならない為にも、リリーベルがずっとユアンを見守っていたのだが……先日実家から呼び出しがあった為やむなく帰省してしまい、ユアンを見守る保護者は居なくなった。そこで……同じ魔法技術科の生徒であると同時に、リリーベルのはとこでもあるイーデルアイギスに白羽の矢が立った次第なのであった。どうやら……誰かの代わりにって所が、プライドの高いイーデルアイギスの機嫌を損ねた原因だったようだ。 「ユアンってお名前だったから、てっきり何処かのお嬢さんかと思ったのに――」  小さい集落とは言え、森の民を率いる長の家に生を受けた本家のお嬢様が、分家のはとこの代わりに、見ず知らずの被曝した男のお守りをするなんて……ただでさえ下劣で強欲なコモンが嫌いなのに、しかも男だなんて……考えれば考える程、下に見られていると思い、一人で勝手にイライラしてしまう。ナメられたり馬鹿にされたりするのが人一倍嫌いな森の民のお嬢様は、一方的にユアンを拒絶した。 「……完全に嫌われたね、ユアン」  ミオナにからかわれ、ユアンはヤレヤレと肩をすくめる。 「今迄、色んな人達と出会ったけど……会っていきなり嫌われたのは、今回が初めてッスよ」  「まあ……ニトラの人達って、コモン嫌いが多いからニャ」  イーデルアイギスは、フンと鼻息荒くそっぽを向いた。  ユアン達がイーデルアイギスとやんややんやと揉めている頃――隣接する、麦の穂の国と特別学区との国境線上にある緩衝地帯付近では……グリルポーンの後継機で、未だ一線級の軽戦型TA・ベイルポーンが帯同する麦の穂の国の『第三偵察小隊』が、しっかりとキャンプを張っていた。  装甲車が三台とニ機のベイルポーン。そして、2〜30人程の兵員がテントの設営にあくせくと勤しんでいる中には、迷彩柄の幌に覆われたTAらしきモノが、跪いている状態で駐機していた。 「これが、アクトポーンか……」  TA専用のパイロットスーツに身を包んだ男・アグネリアンが、幌に包まれたTAを見上げつつ、アクトポーン専用の運用マニュアルをパラパラと眺める。  グリルポーンが現役引退して十数年……歴代の傑作機の後を正式に引き継いだ汎用型戦術兵器・ベイルポーンも、初代がロールアウトしてから十年以上の時間が経過していた。  小競り合いの度に重火力の兵器を装備させたり、装甲を厚くしたりと様々なバリエーションを見せて来てはいたが……正直、やってる事はあまり代わり映えがない。戦略や戦術のトレンドが目まぐるしく変わる昨今……足の遅いTAは、拠点防衛以外の任務が出来ず、時代に置いて行かれている感がある。当然、それらの恩恵を受けるパイロットや機械屋の連中も、肩身の狭い冷や飯を食う今日この頃。かつての戦場の花形だったTAは、今は見る影もないのが現状だ。 「コレによると……ベイルポーンに比べて、装甲が3割削減されているが、本当に大丈夫なのか?」  コレじゃなきゃ駄目なんですよ。中尉!……と、傍らにいるツナギ姿の男・ミッチェルは力強く吠える。  今迄のTAが抱える最大の課題……機動力を改善した上に能力を最大限に活かす為に、従来の十二気筒のレシプロエンジンでは無く、新型の特製ガスタービンエンジンを登載し、足回りを高速移動用に改造して高機動戦闘を可能にしたんです。コレで……作戦司令室でティータイムに興じる頭の硬いご老人達も、重い腰を上げるに違いありません! と、畳み掛けるように彼は続けた。 「なるほど……けど、俺に上手く扱えるかな? 車の運転はちょっと――」  熱がこもるミッチェルとは対象的に、アグネリアンは顎に手を当て、うーむ……と考え始めた。  今回の機体は、高速戦闘を想定した機体であるということは、機動力を十二分に活かしたヒットアンドアウェイが基本戦術となる。よって、従来の集団で陣形を組んでの組織戦は出来ない。アグネリアンご自慢の白兵戦が仕掛けにくい上、操縦機構が車に近いって事を想定すると……いくら新型の動作テストを兼ねたテスト戦とは言え醜態は晒せない。自身の得意なモノが何一つ活かせない事に、ウーンと歩みが止まってしまう。  テストパイロットとして、命令である以上は全力で事に当たる。が……今回のミッションは、自分では上手く出来る気がしない……そんな後ろ向きな考えが、アグネリアンを逡巡させる。 「ならば、俺様がやってやろうか?」   肩で風を切りながらクッチャクッチャとガムを頬張り、不快なまでに香る香水の匂いを撒き散らしながら……戦いを知るパイロットとは思えぬ派手な出で立ちで、マホガニーの息子・カロンが女達を連れて現れた。見下すような眼差しは、あからさまにアグネリアンを意識している。 「これだから成り上がりは……使えねぇな」  なっ、何を!……と、今にも食って掛かりそうなミッチェルを、アグネリアンは咄嗟に静止しなだめる。カロンは一瞬ビビリはしたものの、何だ!? やんのかテメーなど慌てて虚勢を張って騒ぐ。  数々の厳しい作戦を潜り抜け、いち歩兵からTAのエースパイロットにまで成り上がったアグネリアンだが、楽して威張る上級市民にとっては目の上のたんこぶ。ましてや、戦場に一度も顔を出さずに親のコネでテストパイロットになったカロンにとっては格好の攻撃対象。存在自体が目障りで仕方がないのだった。 「そいつは俺様のマシンだ。勝手に触ったら、ブッ殺すからな!!」  クスクス笑う女達を従えて、カロンは嫌味ったらしく去っていった。 「何なんだ、アイツ……事あるごとに中尉に絡んで来やがって――」 「仕方がない。アイツも、それだけコレに賭けてるって事だろうさ……」  アグネリアンはカロンに対して、怒りを通り越した一種の同情にも似た感情を抱いていた。たとえ平民と上級市民で出自は違えど、上が不要だと思えば容赦なく切られる。この世知辛い弱肉強食の非情な世界で、俺は一日でも早くここで成り上がり、誰よりも偉くなってやる!! だから……見守っていてくれ、セティ……と、唇を噛み心に誓うのであった。  その様子を、黒ベルはほうきに乗った状態で、上空から覗き込むように見下ろしていた。 「いいわねぇ……若いって。何か、キラキラしてるし――」  黒ベルが自分の手を天にかざしてじっと見ていると……手の一部がゆっくりと崩壊を始めていた。粉塵と化した体の一部がサラサラと風に乗って飛び去る様を見て、黒ベルはふと呟いた。 「アタシの時間も、残りわずかって事か……そろそろ、決めないとねぇ」  第三偵察小隊が作戦行動を開始したのを確認し、黒ベルは特別学区に向け飛び去って行った。 (第六話・完)
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