第七話 アクトポーン強奪作戦 ( 1 )

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第七話 アクトポーン強奪作戦 ( 1 )

 特別学区より遥か北方にある巨大な森林地帯の中には、ニトラアインと呼ばれる長い耳を持つ人々が、集落を営みひっそりと暮らしている。  森の中で狩猟を営み、魔法と共に生きる彼ら森の民にとって、森は家であり庭であり、慈愛溢れる母のようでもあった。  そんな恵みの中で生まれ育った長い耳を持つニトラアインの少女・リリーベルは祖母のサクラベルを伴って、集落の北にある白寂の祠と呼ばれる場所に向かって、薄暗いトンネルの中を歩いていた。 「お婆ちゃん、まだ?」  掲げる松明の炎がゆらゆらと揺れる中、訝しみながら後をついてくる孫娘に……もう少し、もう少しと、ニコニコしながらサクラベルは歩みを進める。  二人が歩みを進めていくうちに、前方から薄っすらと光が漏れてくる。吸い込まれる様に二人はトンネルを進み、暗く長いトンネルを抜けたその時……リリーベルの眼前には、真っ白く化粧を施された森の中に、石を積み上げられた何かの斎場のような光景が飛び込んで来た。 「こ……コレは――」  見慣れぬ景色に呆然とするリリーベル。 訳も分からず祖母の言うままについてきた孫娘の目には、雪に覆われた寂れた遺跡にしか見えなかった。  先日、黒ずくめの男から漏れ聞いた話……リリーベル自身の魔力が封印されているという件を家族に話した時、母や姉達がそんな馬鹿なと歯牙にも掛けなかった。そんな話を、祖母のサクラベルだけがうんうんと頷きながら傾聴。そして……何の因果か、母と下の姉が外に飛び出したその時、祖母のサクラベルがそっとリリーベルの傍らに寄り添い、すぐに白寂の祠に行こうと言ってきた。  古びた小さなピアスと三枚のメダルを渡されて、何も聞かされずにこんな所に連れてこられたリリーベルには、何が何だか分からず不安しかなかった。 「さて、何から話そうかね――」  朽ちた石段によいしょと腰を掛け、サクラベルは刻々と語り出した。それは……孫娘の魔力の封印という手段を選ばざるを得なかった、祖母達の苦悩と後悔を物語る辛い昔話であった。  一方その頃――麦の穂の国と特別学区の国境地帯にある緩衝地帯では……麦の穂の国の偵察部隊『第三偵察部隊』の活動が慌ただしくなってきていた。  駐機させているTAに火が入り、ドルンドルンとエンジンが唸りを上げる。麦の穂の国主力の軽戦型TA・ベイルポーンニ機が、ゆっくりとその重い体を持ち上げ、分厚い盾と銃器を抱えて剥き出しの荒野に進んでいく。 「さて……お手並み拝見って所だな」  アグネリアンは、腕を組みジッと幌に覆われたTAを見つめる。  近年、TAの大型化に伴って国境付近などで頻発する小競り合いに、頭を悩ませる王族達のリクエストに応える形で開発された機体らしいが……いざ出来てみれば、ベイルポーンより一回り程小さく、しかも操縦機構がほぼ車。豆鉄砲しか持つことの出来ないオモチャの延長線上にあるこのちびっこマシンに、現在のTAのトレンドでもある機体の大型・重装備化に一石を投じる程のインパクトがアグネリアンには感じられなかった。  いよいよ幌が外され、真新しい機体・アクトポーンが軽やかに立ち上がる。ガスタービンエンジン独特の力強い吹き上がりに、周囲の男達はおおっと声を漏らす。 「これが、新型の力か……」  アグネリアンが感嘆の声を上げたその刹那――アクトポーンの拡声器越しに……ガハハ! 動いた、動いたぞーっ!! 俺、天才かも……と、下品に浮かれて笑うカロンの声が漏れ出てきた。折角の素敵な新型の登場が台無しになった瞬間であった。 「あーあ……何か、残念ですね」  ミッチェルは、憮然と溜息を漏らした。  日の暮れた特別学区の城壁から、エルダヤンは遥か国境付近で行なわれていた、TA同士の模擬戦の演習を双眼鏡越しに見ていた。  原則、特別学区は『国』ではなく『自治区』の為、領地は所有しているものの防衛以外での自発的な武装・他国に対しての侵略等を目的とした攻撃は、近隣の荘園諸国で構成されている領主連盟の協定『グリーンガーデンの不可侵協定』により認められていない。  時折、からかい半分で国境線を越えてドンパチを始める輩を目撃する事もあるにはあるのだが……侵略行為の禁止は、他の荘園諸国にも適用されている為、もし発見されれば……世間からの糾弾の的となり、最悪、その国の政治不信を招き……革命などで国が崩壊する負のドミノ連鎖が起こる危険性がある。  何故そんなリスクを犯してまで、実践型の演習をやるのかエルダヤンには理解が出来なかった。 「アイツら……何が目的なんだ?」  エルダヤンが煙草をくぐらせ考えをめぐらせていると……先生!! と、ユアンが声を掛けてきた。傍らには、ニトラアインの少女・イーデルアイギスがゼエゼエと息を切らしている。 「お、ユアン。新しい彼女か?」 「そ、そんな訳……ある訳無い――」  エルダヤンの質問に食い気味に否定したイーデルアイギスだったが、如何せんそこは魔法使い。基礎体力の無さ故に、再び肩で息を再開する。 「ううっ……魔法が使えたら、こんな苦労しなくて済む筈なのに――」  疲れ果てて半ベソ状態のイーデルアイギス。どうやら、ここに来る途中でエーテルが無くなって飛べなくなったらしく、途中から走ってユアンの後を追っかけるハメに。魔術師独特の動きにくい衣装と、普段の運動不足が相まって全身汗だくな上、見せたくもない醜態を晒す羽目になっていた。 「何でもかんでも魔法で解決しようとするからだろ? これに懲りて、ちょっとは体を鍛えてみれば――」 「う……うるさい! 少し黙っていただけないかしら。私、コモンの指図なんて受ける気は、これっぽっちもありませんからね!!」  強がってはいるものの、イーデルアイギスの膝は完全に笑っていた。  それもその筈……本来、森の奥深くで狩猟と魔法でひっそりと生活をするニトラアインの人々は、他の種族の人々に比べて体はそんなに強くない。元来の目の良さと、とても便利な魔法の恩恵により、あちこちと動き回らなくても生きていくのに不便がないからだ。そうなると……あくせくと額に汗をする事なんて出来る訳が無く、必然的に体を使うことは無くなり次第に体は弱っていく。人間、一度楽する事を覚えたら、不便な生活に戻る事が出来ない典型的なパターンだ。  そんな姿を見て、何故ニトラアインの人達が、外の世界に出て行かないのか何となく分かったユアンなのであった。 「……で、何の用ですか先生?」 「アレ、見てみろ」  ユアンは、エルダヤンに双眼鏡を渡され国境付近を覗いて見てみると……麦の穂の国の軍隊がキャンプを張っているのが微かに見える。 「演習……ですかね?」 「――だと良いがな。この双眼鏡だと、細かい所までは見えないからな。何が目的で奴らがあそこにいるのか、全く分からん」  うーん……何か不気味だなと、ユアンとエルダヤンが腕を組み唸っていると、イーデルアイギスは、目を細めてユアンが双眼鏡で見ていた方をジッと見つめる。 「何か……緑色のガラクタと真っ白なガラクタを囲んで、大の大人達がキャッキャウフフと戯れてらっしゃいますわね。その中で一番偉そうなお猿さんが……ケバケバしくて頭の悪そうなコモンの女達をはべらせて、子供みたいにはしゃいでて気持ち悪くて仕方がないわ」  イーデルアイギスの上から目線での淡々と湧き出る悪口に、ユアンとエルダヤンは感嘆の声を上げた。 「お前……見えるのか?」 「貴方にお前呼ばわりされる所以はありませんが……もしかして、お見えにならないのかしら?」  見下した様に意地悪く笑うイーデルアイギスに腹を立てながらも、ユアンとエルダヤンは、相手が何故ここに居るのかの見当がついてきた。どうやら……新兵器の開発が終了し、実戦投入する迄のロケテスト的なデータ収集の為にココに来たようだ。さしずめ……緑のガラクタを仮想敵と想定して、白いヤツの性能を見ようという所だろう。そうなると、この場所を選んだのはグリーンガーデンの不可侵協定の影響下で戦争行為自体を反対する自国の非戦派に配慮した証左であることは想像にかたくはなかった。 「で……その気になったら、この辺の集落や施設でテストって名目で暴れる事だって出来る。仮に虐殺が起こったって、自分達の物差し次第でいくらでも正当化出来るからな」 「何て卑怯な……これだから、コモンは!」  唇を真一文字に閉じ、イーデルアイギスは怒りを顕にする。 「けど、どうすりゃ良いんスか? 相手が軍隊である以上、こっちから手を出す訳にはいかないし……かと言って、このまま見過ごすって訳にもいかないですし」  うーん……と三人が思案に暮れていると、ご機嫌麗しう、皆さん! と物陰から野菜籠を背負ったミオナとニケがひょっこりと顔を出した。 「ちょ……先輩、どこ行ってたんスか。こんな大変な時に……」  先駆けてニャーニャーとニケが鳴くが、その言葉は誰にも分からなかった。どうやら、ココにはエーテルが無いようだ。 (ぬぅ……オイラのチャームポイントが) 「ちょっと外の空気を吸いたくって、月を見にお散歩に出かけたんだよね。そしたらさあ、こんなのが落ちてたんだよねぇ」  ミオナが野菜籠をひっくり返すと、ドサドサっと軍隊で使われるレーションや缶詰が大量に出て来た。 「そしたら帰り際にさぁ、大っきなオジさん達が血相変えて追っかけて来たから、慌てて帰って来ちゃったよ」  アッハッハとあっけらかんと笑い飛ばすミオナ。お腹が減ったら近所に摘み食いをしに行く悪い癖が出たようで、特別学区にいる連中にとっては、一種の恒例行事として既に認識されているのであった。 「ひい、ふう、みい……結構ガメてきたな、ミオナ」 「声を掛けても誰もいなかったから、根こそぎ持って来ちゃった」  反省の色を全く見せないミオナを、全く……とユアンが呆れていると、何やら小冊子のような本がレーションと缶詰の中に埋もれてクシャクシャになっているのを見つけた。なんだろう? とユアンが小冊子を掘り出してみると……表紙に『アクトポーン操縦マニュアル』と書かれている。 「こ、コレは……」  ユアンはマニュアルを手に取り、一心不乱にマニュアルを読み始めた。アクトポーンのエンジン出力や各種戦闘時における武器のオプション。はたまた機体の性能を詳細にまとめた設計図から操縦する際の細かい注意点まで事細かく書かれている。見るからに……コレを書いた技術者は、操縦者を完全に信用していないのが手に取るように分かる。 「あー……それね、ちょっと豪華なテントに入ったらさぁ……テーブルの上に捨てられてたから、思わず籠に入れちゃったんだよねぇ」 「……それ、置いてあっただけなのでは?」  ミオナの手癖の悪さに辟易気味のイーデルアイギス。よくよく考えてみると……手癖の悪いちびっ子先輩に、機械イジリにしか興味を示さないメガネコモン。魔法技術科首席の猫ちゃんとクセが強めの面々に囲まれて、リリーは本当によくやってるなぁ……私、実は厄介事を押し付けられただけなんじゃないかしら? と学校側に……私、デキる子なんですよと、軽率なアピールをした事を今更ながら後悔するのであった。 「いーなぁー……アレ、いーなぁ……」  ユアンは遠い目をして体をフラフラと揺する。まるで、お目当てのオモチャを目の前にした子供が……ボク、あれ欲しい! 買って! と、親に圧力を掛けてねだる感だった。 「いいなぁって言ったって……あんな物騒で危ないオモチャ買える訳――」 「じゃあ、行くかい?」  イーデルアイギスの制止を阻むように、ミオナはユアンをけしかける。と、同時にユアンの顔がパッと明るく映えたのを見て、イーデルアイギスは一瞬ギョッとした。  このままじゃ、あの軍人達が巣食うキャンプに行かなきゃいけなくなる……魔法が使えればなんて事は無いが、駄目なら絶対捕まる! そうなったら……と、最悪のケースがイーデルアイギスの脳裏をよぎる。 「ちょ……ちょっとお待ちになって! 相手は戦闘のプロなんですのよ!! ハイそうですかって、秘密兵器を簡単に触らせてくれる筈がある訳――」   正論を振り回すイーデルアイギスの話を無視するかのように、ユアンは身支度を始めた。どうやら……見た事の無い機械の話を聞いて、ときめきが止まらないようだ。 「そんなの、やってみないと分からないじゃないか。嫌ならココで待ってろよ」  それが出来れば最初から苦労なんてしない。ユアンのお守りを言い付かってる以上……ココで汚点を残せば、先生達が自分に対しての評価が著しく下がってしまう。そんな事より……運動が大の苦手だって事がこの連中にバレると、今後どんな噂をバラ蒔かれるか分かったもんじゃないし、正直これ以上走るのは勘弁して欲しい。その上……見知らぬ場所で、一人ぼっちにさせられるのは一番キツイ……と、二進も三進もいかず様々なストレスに晒されて、イーデルアイギスの顔色が段々と土のような色になってゆく。 「じゃあ、行こうか――」  ユアンが出立しようとした時、イーデルアイギスの中で、張りつめていた緊張の糸がプツンと切れた。目に一杯の涙を溜めて、立ち上がろうとしたユアンの袖口をグッと引っ張り引き留める。 「ううっ……置いていかないでよぉ」  ユアンは、ミオナとニケそして心の折れたイーデルアイギスと一緒に、国境沿いの緩衝地帯にある麦の穂の国の張るキャンプに向かう事になった。  まだ見ぬ機械に胸を昂ぶらせるユアンをよそに……まだ見ぬ機会に不安しか抱けないイーデルアイギスは、心の奥底で人生最大の後悔を叫んでいるのであった。 (第七話・つづく)
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