第八話 白き闇、黒き光 前編 ( 1 )

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第八話 白き闇、黒き光 前編 ( 1 )

「……ゴメンな」  仄暗く薄らぼんやりとした意識の中、リリーベルには男の子の声だけがハッキリと聞こえる。聞き覚えの無い声だが、何処か懐かしく安心する声だった。  声に反応し、リリーベルがハッと目覚めると……辺り一帯には、薄暗い闇が何処までも続く。 「誰? 誰か……居ないの?」  言い得ない不安に駆られたリリーベルは、今度は大きめに……ねえったらーっ!! と、叫ぶように言葉を放ったが、暗闇は沈黙を貫いていた。 「一体、どうなってるんだ? それに……ココは、何処だよ?」  リリーベルは、次第に不安の虫に押し潰されそうになる。胸が苦しい。息が……出来ない。額から滝のような汗が溢れ、ゼエゼエハアハアと息が荒くなる。心臓の鼓動は、徐々に早く強くなり……やがて、リリーベルの意識を引きずり降ろすかのように奪いに来る。 「誰か……助けて――」  リリーベルが困惑する中、再び意識が混濁の中に沈んでいった。    リリーベルは、再び意識を取り戻しハッと起き上がった。  眼前には、薄っすらと雪化粧をした鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた石の祭壇に、ちょこんと腰をかける祖母・サクラベルが心配そうに孫娘を見ている姿があった。 「大丈夫かの? 何かうなされとったようじゃが……」 「ゴメン、ちょっと寝てたみたいで――」 「ココは、ちょっと特殊な力場じゃからな……魔力の低いリリーだと、すぐ気絶してしまうからのお」  サクラベル曰く……元々ここは、ニトラアイン達にとっての魔法の修行場であり、ちょっとしたパワースポットのような場所。立ち入る人間の魔力をゆっくりと吸い取っていく特殊な環境が故に、仮に強力な魔法をココで使ったとしても、ある程度のブレーキが掛かり、周りに与える影響が通常よりも少なくて済む。己の魔力を強めたり、より強力な魔法の習得を行う為に存在している特別な場所なのだ。  要は、座学で得た知識を実際に使用して、名実ともに自分のモノにする為の実験場のような場所なのである。  サクラベルが、リリーベルを態々こんな場所に連れてきたのは、孫娘に施された封印を解く為なのだが……正直、あまり気乗りがしない。  一応、封印の解除に関しては、施した本人以外には出来ない。しかも……それは、リリーベルがよく知る者。本人に会えば、封印自体は簡単に解除してくれる筈だが……下手をすれば、過去の忌まわしい事件を目の当たりにする可能性がある。そうなった時、この孫娘はどう感じるのか、自分を責めたりしないか……それを思うと、孫娘を素直に送り出せない。世の中には、知らなくても良い事実というものはあるものだから。 「本当に、良いのかえ?」 「後悔するかも知れないけれど……どのみち、いつか通らなきゃいけない道だからね」  孫娘の発言を受け、サクラベルはただただ頷いた。ついこの間までヨチヨチ歩きをしていた幼子が、随分と成長したもんだなと感慨深げに。 「では、そろそろ始めるが……準備は良いかな?」 「ドンと来いだよ、お婆ちゃん!」  リリーベルは、祖母から譲り受けたピアスを身に着け、いつでも良いよと合図。では……と、サクラベルが指をパチンと鳴らした瞬間――魔法陣がリリーベルを取り囲む様に現れた。  行ってきます……そう言うなり、糸の切れた操り人形のようにリリーベルはドサッと倒れた。 「どうか、無事で帰ってきておくれよ……リリー」  リリーベルを見送る様に、雪は降り始めた。  どんよりとした雨雲から……一つ、また一つと雪の粒が優しく舞い降りてくる。  肌寒さを感じたリリーベルは、本日三度目の目を覚ました。 (うー……今日は、寝たり起きたり何だか忙しいなぁ……)  緑豊かな森に、木でできた素朴な家。牧歌的で懐かしい風景が眼前に広がるが……何か違う。いつもの見慣れた集落の風景の筈だが、何だか周りが大きく見える。  リリーベルは、違和感を抱きつつ辺りをキョロキョロと見渡すと……ガラスの破片らしきモノが落ちているが、えらく大きい。やっぱり何か変だなぁ……と、ガラスを覗き込んだその時、耳にピアスを着けた白いネズミが写り込んでいた。 (ん? ネズミ――)  リリーベルは、顔や体をペタペタと触る。長い顔、毛深い体に長い尻尾。あーあーと試しに声を発するが、チューとしか声が出ない……考えを巡らせた後、鏡に映る我が姿が自分だと確信して思わずハッとした。 (えっ? えっ!? えー!!……ボク、ネズミになってるのー!!?)  突然の事にパニックになったリリーベルは、チューチュー鳴きながら一心不乱に走り回る。何で、ボクがネズミに……一体、どうなってんのー!! と、しばらくバタバタと走り回った後――リリーベルはすてんと転倒。そのままゴロンと仰向けになったところで、ようやく大人しくなった。 (……間違いない。ボク、ネズミになってるんだ)  ゼエゼエと荒い息を整えながら、空を眺める。いつもと変わらない空の高さに、ようやく冷静さを取り戻し始めたリリーベルは、今自分を取り巻いている環境を、頭の中で一度整理してみることにした。  先日、気持ち悪い黒ずくめの男に言われ、自分自身の魔力が封印されている件について祖母・サクラベルに話をしてみた。すると……集落の外れにある白寂の祠に連れてこられて、封印を解くための試練として、訳も分からず見知らぬ世界に転送。そして、起き抜けにネズミに姿を変えられて、パニックになって現在に至る。  分かっているのは、自分に魔力の封印を施した人物に早く会って、一刻も早く封印を解いてもらうこと。逆を言えば、それ以外の手掛かりは何も無い。  もしもの為に貰った触媒用のメダルは全部で三枚。これが無いと、魔法はおろか元の世界に戻ることだって怪しくなるし、目的がクリア出来ないと、わざわざこの世界まで来た意味が無い。言われるままここまで来てはみたものの……よくよく考えてみたら、こんな状況でまず何をすればいいのか、リリーベルは皆目見当がつかなかった。 (来てみたのはいいものの……正直、何をどうすればいいのか……何か、手掛かりがあれば――)  リリーベルがゴロゴロと寛ぎ始めると……一匹のサビ猫が、音も立てずにストンと目の前に降りてきた。 「この辺では見ない顔だねぇ。新顔かい?」  舌なめずりしてリリーベルを見つめるサビ猫。リリーベルは、突然の事にその場で固まってしまった。 (どどど……どうしよう? こんな所で天敵のにゃんこに見つかるなんて。これって、絶体絶命のピンチじゃないか!)  普段だったら、猫を見たところで別段気にかける事は無いが、現在はネズミに姿を変えているリリーベル。と、言う事は……今、目の前の猫ちゃんにとって、ボクは格好の獲物。いつ襲われたっておかしくは無い。けど、その気になればいつだって襲い掛かる事が出来た筈なのに、何故わざわざ目の前に降りて……と、あれこれ考えていると、ふと何か違和感を感じた。 (あれ? この子、何処かで見た事があるような……)  何かに気付き、リリーベルが考えを巡らせる。そんな返事の無いネズミに苛立ってか、サビ猫はシャーと威嚇する。 「気持ちの悪い子だねぇ。口の聞き方も分かんないのかい!」  サビ猫のこのセリフに、リリーベルはハッと思い出した。 (あっ……この喋り方、間違いない。昔、家で飼ってた……サビ猫のサビーだ!)  黒と茶色の二色でお世辞にもキレイとは言えない毛並みに、いつも眠そうな目つき……六年前の朝、ひっそりと自宅の軒下で一人眠るように旅立ったお婆ちゃん猫を思い出し、リリーベルは感極まってポロポロと涙を流し始めた。  幼い頃……嬉しい時も悲しい時も、時には厳しく、そして優しく何も言わず傍らにそっと寄り添ってくれていたお婆ちゃん猫が、再び自分の前で元気な姿を見せた……もう、あの日以来二度と会えないと思っていた最愛の隣人の登場に、何とも言えない熱く込み上げてくるものをリリーベルは感じた。  うっ……ううっ……と、肩を震わせ泣くリリーベルの姿に、サビ猫のサビーは慌てて取り繕う。 「ちょ……何で泣いてるんだい。ちょっと、驚かせただけじゃないか。それに……アンタ、そんな目立つナリしてるんだから、魔法とか使えるんじゃないのかい?」  サビーに言われて、リリーベルはおおっと相槌を打った。  そして、懐からメダルを取り出し、意気揚々と掲げると……魔法陣がフッと現れ、リリーベルは光に包まれた。優しい光の束が体を通り抜け消え去っていくと、いつものように声が出るようになった。 「……ボクとした事が、お恥ずかしい限りです」 「一つの事に集中してると、他の事が目に入らなくなるなんて……ウチの魔法使い達にそっくりだわ」  リリーベルは照れ笑いした。と、同時にサビーは、この間の抜けたネズミにため息交じりに呆れ返る。 「……で、わざわざネズミにまで姿を変えた何方さんが、一体何の用なんだい?」 「そ、それは――」  サビーの至極真っ当な問い掛けに、リリーベルは返答に困窮した。  未来の世界から封印を解いて貰いに来たって事を喋っても、多分信じてもらえない事くらいは想像に固くないからだ。そもそも……こちらの世界で、ボクは生まれてるの? サビーがいるってことは、過去だという事くらいは分かるけど……と、こんな状態で封印の話をした所で、何ですの、ソレ? って言われると元も子もない。手掛かりが何も無い状態で、何処まで話したらいいか頭の中でぐるぐると迷いが巡る。 「まあ、魔法使いがこんなへんぴな所まで足を運ぶんだ。大抵……魔法の品物を買いに来たか、呪いでも解いて貰いに来たって所じゃないのかい?」  どうやら……こちらの意図を完全に見透かしたようで、リリーベルは黙って頷くしか出来なかった。その姿を見たサビーは、またかと大きな溜息をつく。 「まあ……ここで立ち話もなんだからさ、付いておいで」  サビーに促されるままに、リリーベルは後をついて行った。二人(!?)がトコトコと向かう先には、リリーベルの実家が見えていた。 (第八話・つづく)
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