第八話 白き闇、黒き光 前編 ( 2 )

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第八話 白き闇、黒き光 前編 ( 2 )

 ネズミに扮したリリーベルは、サビ猫のサビーに導かれる様に、集落内にある家の天井裏に身を隠していた。   リリーベルとサビーが、天井裏の隙間から部屋を見下ろすように覗いていると……眼下には、ニトラアインの親子達が平和な一時を満喫していた。  部屋の中央にあるゆったりめのソファに腰を下ろし、編み物を楽しむ若い妊婦は、おそらくお母さんで、机に向かい絵本を広げる幼子は、どことなく上のお姉ちゃんのローゼンベルに似ているな……と、言う事は、ベビーベッドでスヤスヤ眠る女の子は、下の姉ちゃんのカンナベル!?……相変わらず、寝てる時だけは大人しいんだなと、リリーベルは感心する。それと同時に、この光景を見るなり、自身が過去の世界に飛ばされた事を改めて確信したのであった。 「絵に描いたような、平和な家庭って感じだなぁ……」  しみじみと天井裏の隙間から中を見下ろすネズミの頭に、サビーは不意にそっと手をかざす。 「ちょ……何を――」 「封印を見てやるってんだよ。この為にココに来たんだろ? だったら、もうちょっとだけ大人しくしておくれよ」  は……はい。と、言われるまま頭を垂れるリリーベル。クチャクチャと口元を動かし、ブツブツとサビーは小言を吐き捨てた。すると……リリーベルの首筋辺りから、ボワッと封印の掛かった魔法陣が姿を表す。鎖が複雑に絡み合った姿の魔法陣は何処か禍々しい。 「ど……どう?」 「いくつか面倒臭そうなのが絡み合ってるけれど……間違いない。この封印、私の紋がついてるよ」  サビーは、何とも言えない不思議な感覚を覚えた。  さっき初めて知り合った得体の知れない子ネズミが、何処をどう巡って自分が魔力を封印をしたのか……人の魔力を封印するような事をここ最近やった覚えは無いし、魔法自体使ったのも、いつ以来だったかいな? そもそも、全く見覚えの無いこの子は一体誰? と、サビーは、んんん……と考えを巡らせるが答えは出なかった。 「……それって、どう言う――」 「そんな事、私が知る訳無いだろう! ただ、こんな歪な形でしつこく厳重に魔力が封印されているなんて……アンタ、一体どんなポカをやらかしたんだい?」  サビーの問い掛けに、リリーベルはぬうう……と、唸る事しか出来なかった。 「分からないよ。ボク、生まれた時から魔法があんまり得意じゃないし、ましてや封印された事なんて、今迄経験した事ないから……」  シュンと落ち込むリリーベルを見て、サビーはもう一度リリーベルの頭を軽くポンと叩いた。すると……リリーベルの首筋辺りに浮き出ていた魔法陣から、鎖がビュッと四方に解き放たれた。  頭を抑えられた状態のリリーベルにはこの鎖が見えず、え? え? 何なに……と、軽くパニック状態を迎えてジタバタともがいている。 「もうちょっとで終わるから、も少し我慢しな」 「が……我慢って言っても――」 「我慢!!」   サビーは無理矢理リリーベルの頭を抑えつけ、小言を吐き続けた。そうしていくうちに……魔法陣にこびり付いている鎖がカタカタと小躍りを始め、少しずつピキピキと亀裂が入ってくる。 「さあ、もうちょっとだよ! 気合い入れて歯ぁ食いしばりな!!」 「き、気合い?」  サビーの勢いに飲まれ、リリーベルは言われるまま目を閉じ歯を食いしばった。  そんな事を構うことなく、サビーの吐き捨てる小言のトーンは次第に強くなっていく。魔法陣に纏わりつく強固な鎖は、更に強く揺れ軋み悲鳴を上げ崩壊を続ける。 「さあ行くよ!……解除!!」  サビーが言の葉を放つと、魔法陣から光が漏れ出し、四方に張り巡らされた鎖はガラガラと音を立て崩れ落ちていった。  一瞬の沈黙が辺りを包んだ直後……リリーベルが恐る恐るそっと頭を上げる。すると、弾け飛んだ鎖の破片は、放たれた光が消えると同時に消え去っていった。 「終わった……の?」 「……取り敢えず、私の封印は解除しといたよ。コレで、ちょっとは魔法が使える筈だ」  リリーベルは、今迄経験した事の無い程の魔力の漲りを感じた。腹の底から感じる力の漲りを、おおお……と小声を漏らしながら感じると、リリーベルの耳に着けているピアスから淡い光が漏れ出てくる。が、それ以外の見た目の違いがあまり無かった為か、リリーベルは憮然とした。 「コレが魔力ってヤツか。何か……思ってたのと違うなぁ」 「私が解除した封印は、ほんの一部だけ。封印自体は、まだまだ健在なんだから当たり前じゃないか!」  サビーは……ただ、アンタが本来持つ魔力はもっと強いみたいだから、使い方を間違えると、寿命を必要以上に削っちまうから、使う時には充分気を付けないと駄目だよ……と、続けた。  本来、魔法というものは術に必要な触媒と術者の魔力、そして大気中に漂うエーテルを掛け算する事で威力が決まってくる。例えば……同じ威力の同じ魔法を使ったとして、エーテルの濃度が濃い地域と薄い地域では、当然魔力の消費量が違ってくる。  強靭な精神力と集中力を必要とする魔力の消費は、術者の体を少なからず蝕んでいく。そのせいか、術者の多くは無駄な動きを嫌う省エネ体質になっていく者が多くなる。故に、使用の際には充分な注意が必要……と言う訳なのである。  ぶっきらぼうな言い方だが、コレが彼女の優しさであり愛情の深さなんだと改めて感じるリリーベルなのであった。 「さ、コレで私はお役御免って事だね」  ふう、ヤレヤレ……と肩の荷が下りたサビーが安堵の溜息をついていると、突如下からドアを開ける音が聞こえる。 「……ただいま」  男の子の声が聞こえてきたが、何処か儚げ。声の主が気になったリリーベルが下をそっと覗き込んで見ると……見覚えの無い男の子が俯き気味に立ち尽くしていた。  男らしさとは無縁そうだが意志の強そうな母に似た優しげな顔立ちと出で立ちは、間違いなく母の……そして、自分達と血を分けたきょうだいだという事を印象づける。 「兄様! 兄様ー!!」  男の子の声を聞くなり、幼きローゼンベルは、一目散に少年に向かって行った。そのまま勢いよく男の子に抱きついた少女の顔には、満面の笑みが伺える。 「あのね、あのね……」  まるで子犬のような活発な姉の姿に、リリーベルは驚きを隠せなかった。なにせ……自分の知るローゼンベルは、人との接触を極端にまで避ける生粋の引きこもり。毎日顔を合わせる事があっても、喋らない事があるくらい人嫌いだとずっと思っていたら、幼い頃はこんな人懐っこかっただなんて……改めて、姉の闇の深さを垣間見たのであった。 「……あの子は?」 「ああ……あの子はスピカって言って、マリーが外の世界から連れて帰ってきた男の子だよ」 えええ―――――――――!!!   リリーベルは、驚愕の声を上げた。  それもその筈。生まれてこの方、自分は女ばかりの三姉妹の一番下だと思って生きてきた所に、更に上の兄の存在があったなんて……ひょっとして、ボクが知る事で何らかの不都合が生じるのを懸念した何処かの誰かさんが、ワザと隠していたんではないのかと……何やら一抹の不安を感じずにはいられなかった。 「悪い子じゃ無いのは分かるんだけどねぇ……突然フラっと外に出て行ったと思ったら大怪我して帰ってきたり、下の子達がイジメられていると分かったなら、後先考えずに喧嘩してきたり……何だか、見てて危なっかしいんだよねえ」  不憫そうな少年を上から見ていたリリーベルは、少年の左腕に見慣れない紋があることに気が付いた。  ニトラアインの人達は時として、体のあちこちに入れ墨のようなモノを体に刻み込む事が習慣として存在する。それは、格好をつけたり相手を威嚇するなどの手前勝手な見た目の為などでは無く、旅や狩りの安全の祈願や大願成就などの願掛けの一種として施す事はある。が……どうやら、少年に施されたモノは、そんな生易しいモノとは違いもっと生々しく厳しい。まるで……何かの罪を背負っているかのようにも見える。 「あの、あれ――」 「ああ……アレは祝災の紋って言って、みんなの楽しく幸せな事と、辛く悲しい事を一遍に引き受ける為に刻まれるおまじないみたいなモンさ。まあ……自分で好き好んで刻み込むヤツなんて、まずいないけどね」 「じゃあ、何で――」 「アレは、恐らく……生まれながらにして持って来た。いや、持たされたと言ってもいいかも知れない。ただ……分かっているのは、あの子に近づくと何らかのトラブルに巻き込まれるかもしれないって事さ」  奇妙な運命に翻弄される少年を目の当たりにし、リリーベルの脳裏に一抹の不安が走る。コレは……結構ヤバいやつだと。  (第八話・完)
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