第九話 白き闇、黒き光 後編 ( 1 )

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第九話 白き闇、黒き光 後編 ( 1 )

 自らに施された封印を解いてもらう為、過去の世界に飛んだリリーベル。故郷の集落で小さいネズミに姿を変えながらも、自分に施された忌まわしい封印を解くのに無事成功した。  だが、話はそれだけでは終わらないようで……どうやら、一家には雲行きが怪しそうな展開が待ってそうな雰囲気だった。  屋根裏から一家を見下ろす白ネズミことリリーベルは、内心穏やかになれない複雑な思いをかかえつつ、サビ猫のサビーと眼下の様子を伺っていた。 「まさか、ボクに兄さんがいたなんて……」  内心、リリーベルの頭の中では、言い得ない不思議な感情が巻き起こっていた。  今迄、家族が自分に語ろうとしなかった兄の存在とは一体何なんだろうか?……元々排他的な小さい集落で、一度でも外の世界に触れた者に対して、特に厳しい態度で接して来るのはまだ分からんでもない。ただ……それならそれで、家族までもが兄の存在自体を無かった事にするのは、一体何でだろう? 兄をあそこまで慕っている姉のローゼンベルまでもが、今となっては何も語らず引き籠って沈黙を貫いてる。眼前に映るこのセピア色の世界と、自分の住む色彩豊かな世界に生ずるギャップに違和感という歯車が噛み合わない。 「どうかしたのかい、おチビちゃん? 何か……顔色が優れないようだけど――」 「いや、何か……一気に情報が氾濫してきちゃって、どう処理していいか分かんなくって……」 「まあ、仕方ないよ。あの子がこの集落に来てから、何かとざわざわしてるからねえ」  「え? それって、どう言う――」  訳も分からず首を撚るリリーベルに、サビーはもっとよく見てみなと言わんばかりに顎でクイッと下を指す。すると……スピカの髪の間から覗く耳の形が、自分達ニトラアインのものとは違っている事に気づいた。 「まさか……鬼子?」  リリーベルの口からふと漏れた言葉に、サビーは溜息交じりに頷いた。  どこの世界でも、愛し合った男女の間に子供を授かるのは、自然と言えば自然ではあるものの……世の中にはやってはいけない事もある。快楽を求める殺人と、人を陥れ騙す事。そして……種族を超えた血の混合。いわゆる混血児の誕生だ。  基本的にこの世界に住む住人達は、それぞれ生きていく上で様々な役割を、未だ見た事も無い神様から与えられているという事を信じている。その役割を果たせば、人として幸せに生きてゆけるという考えが根底にあり、それに反する行為は悪であり不幸の始まりと考えられている。  そんな中で混血児が生まれるのは、神々から生を受け役割を受けた者達にとっては他者に対しての越権行為を意味する。つまり、双方の能力を持つ鬼子と呼ばれる混血児達の存在は、自分達の役割が奪われ、純血主義と言うテリトリーへの侵略とも捉えられてしまうのだ。  少年の目鼻顔立ちから言って、母の血が入っているのはリリーベルの目から見ても明らかだった。が、じゃあ何故にこんな森に囲まれた辺境の集落に、わざわざ身を寄せているのだろうか? 混血児の存在を隠すなら、少なくともコモン達のいる世界の方が、人が多い分上手く紛れる事だって出来た筈なのに……と、自分の親達の愚行ともいえる行いに、リリーベルの疑問が潰えない。 「原因は、アレだよ」  サビーは、そっとスピカの左腕に刻み込まれた紋を指し示す。祝災の紋と呼ばれる呪いにも似た入れ墨に、リリーベルは思わず目が行ってしまう。 「祝災の紋か……」  アレを持っているが故に、世間に放逐が出来んかったんだよ。でないと……あの紋章が、突然彼に試練を与えるべく容赦無く牙を剥いた時……周りにいる何の罪もない人々が、どれだけの血を代償として支払わなければならないのか皆目検討もつかないからね……と、サビーのやさぐれ感は一層増してくる。  一歩間違えると戦争にもなりかねないこの環境に、リリーベルはググッと固唾を飲み込んだ。  ここで厄介者を放逐すれば、自分達だけでも平々凡々と生きていく事は出来るかも知れない。だが、放逐した先で厄介事が巻き起こってしまえば、巡り巡って自分達の元へと厄介事は返ってくる……世界が繋がっている限り、最終的に自分達に返ってくると思うと背筋が凍るのを感じる。 「本来、集落の行く末を託される人物にのみ与えられる試練の紋章なんだけど……何でよりにもよってあんな半端者が――」 「彼だって、自ら望んで授かった訳じゃ無いじゃないか! 何も、そこまで言わなくったって――」 「それに付き合わされるこっちの身にもなっておくれよ! もう……諍い事は、懲り懲りなんだよ」  サビーの憂いにも似た悲しげな表情を見て、リリーベルは彼女にぶつける言葉を不意に失ってしまった。  厄介事から一刻も早く逃れたい気持ちも分からない訳でも無いけれど……根本的な問題から目を背けて、何もしないのも如何なものかと考えるけれども、自分が彼女の立場になったら、一体どんな選択をすれば良いんだ? と、リリーベルは正解の無い問答に必死で考えを巡らせた。  うーん……と、リリーベルが頭をもたげていると、下からううっ……と、マリーベルの声が漏れる。 「えっ? どうかした?」 「また、お腹の子が暴れ出したんじゃないのかい? もうそろそろだって、お医者様が言ってたから……」 「お腹の、子?」  サビーのこの発言に、リリーベルは一つの仮説を導き出した。  一番上のお姉ちゃんがこの時4歳くらいだと仮定して……カンナ姉ちゃんがまだベッドにいたから1歳前後。で、この時点でボクが居ないとなると……ははーん、ひょっとして、お腹の子っておそらくボクだな。  この不思議な感覚に興味をそそられたリリーベルは、突然下に降りて行きたくなった。そーっと、サビーの目を盗んで下に降りようと顔を出していた所を、うっかりサビーに見つかった。 「ちょ……何してんだい!」 「え? いや、ちょっと赤ちゃんを近くで見て見たいなーと思って――」 「駄目だよ! 今、そんな事したら――」  と、リリーベルの注意が逸れた刹那――子ネズミの体はパチンと弾かれるように宙に舞った。  えっ? 何!?……と、何が起こったか分からず混乱するリリーベル。時間が止まったような一瞬の静寂を体験した後、引力に引かれるまま下の床にグシャっと崩れ落ちた。 「マリーは、ネズミが死ぬ程嫌いなんだよ。ただでさえ出産間近でナーバスになってるのに、ウッカリ顔を出すから――」  ヤレヤレと諦めたようにサビーが首を振る。 「ボクとした事が……完全に忘れてた」  ぐぬぬ……と、リリーベルが立ち上がろうとするとキャアアと悲鳴が。母の声だ。 「まったく、あの子ったら――」  見かねたサビーは、シャーと牙を剥きながら家族の前に慌てて出て行った。  一方その頃、集落の外の森の前では黒ずくめの外套を身に纏った男が杖をつき立っていた。  背中が曲がり痩せ細っている、いかにもくたびれた印象を与えかねない感じのする見た目の老人だが、口元には不敵な笑みが。どうやら……何かやらかしそうな雰囲気がプンプンと醸し出ている。 「フフフ……ようやく見つけたわよぉ」  そう言うなり、老人は腰のポーチから小さな瓶を取り出した。  中には小さなビー玉がいくつか入っており、それぞれ禍々しい色合いを放って、いかにも魔法の道具ですよと言わんばかりのフォルムだ。 「祝災の紋か……いいオモチャ持ってんじゃないのよ」  老人は、瓶からビー玉を一つ取り出し地面にポイッと投げ捨てた。すると……怪しげなビー玉は、地面に接触するなり発煙。中から狼のような姿をした獣が姿を表した。 「やーっぱり、人探しにはワンちゃんが一番よね。鼻が利くし、足も速いし。何より……忠実なのが良いわぁ」  老人が指をパチンと鳴らすと、獣は一目散に森ヘ入っていった。まるで……森に住む獲物を追い込み仕留める為に。  「そんな所で隠れてないで、サッサとアタシの前に出てらっしゃい。そして……共に行こうじゃないの。アタシ達のいるべき、混沌と争い事が闊歩する血生臭い世界へね!!」  老人は肩を震わせ下品に笑う。それは……これから起こる小さな小さな惨劇を、あたかも狩りを楽しむ下品な貴族のように。  黒ずくめの老人が高笑うその頃、リリーベルは、家の近くに生えている木に登り、命からがら家族から避難をしていた。 「ぬうう……死ぬかと思った」  自身のウッカリのせいとはいえ、興味本位でネズミ嫌いの人間に近づく危なさを身を持って経験したリリーベル。  大嫌いなネズミを見てパニックになった母に、ピンボールの玉のように弾かれ危うく命を落としそうになった所を、サビーのおかげで何とか命からがら外に逃げる事に成功。もう少しで母から、悪意無き私刑を経験するところだった事を考えると……リリーベルは気が気ではなかった。 「小動物目線で見るお母さんって、あんなに怖かったんだ……本当、生きるって大変なんだなぁ……」  リリーベルが感慨深げに遠い目をしていると……あ、いたいたとサビーの声が。リリーベルが声のする方に顔を傾けると、サビーが軽やかに飛び込んで来た。 「急にあんな事するから、ビックリしちゃったじゃないのさ。まったく……お手軽に迂闊な事をするんじゃないよ!」  ハハハ、面目ない……と、苦笑いのリリーベル。頭を掻き反省をしていると、急にヒヤッとした肌寒さを感じた。 「あれ?……何か、寒くない?」  リリーベルの異変に気付いてか、サビーはヒゲをピクピクと動かし聞き耳を立てる。猫独特のクルクルと耳を自在に動かした後、ピタッと耳の動きが一点を向いて止まった。 「コレは……魔法!?」  サビーが集落の入り口に視線を向けると、一頭の狼が猛烈な勢いで走って来る。 「な……狼?」 「気を付けな、アレは、只のイヌっころじゃないよ! 恐らく……魔法か何かで出来たヤツだよ!!」  リリーベルの顔に、一瞬緊張が走る。  狼はリリーベル達には目もくれず、隣の家に止まるやいなや、クンクンと鼻を利かせて何かを探し始めた。 「何、やってんの?」 「分からない。けど……何かを探してるみたいだねぇ」  リリーベルとサビーは、木の上から不思議そうに狼の行動を注視する。そんな事をも気にもせず、執拗にクンクンと鼻を利かせる狼は不意に匂いを嗅ぐのを止めた。 「ま……まさか――」  サビーが狼の目的に気付いた頃には、狼は息を大きく吸い込み、大空に向けて咆哮を上げた。 ワオ――――――――――ン!!!  森に囲まれた小さい集落に、狼の遠吠えが響く。その光景を、集落の外にある森の入口でタバコをくぐらしながら呑気に構える黒ずくめの老人は……咥えていたタバコを投げ捨て、よっこいしょと重い腰を上げた。 「ようやく見つかったようね。アタシの……運命の子が」  黒ずくめの老人は、ニヤニヤしながら持っていた瓶をひっくり返す。禍々しい色をしたビー玉は、我先にと地面に次々と落ちてくる。  「さあ……出番よ、アナタ達。存分に狩りを愉しんでらっしゃい」  一つまた一つと、地面に落ちたビー玉は次々と狼に姿を変えていく。ひっくり返した瓶が空になる頃には、黒ずくめの老人の周りに狼が七、八頭の群れを成していた。 「では、行くとしますかね……」  黒ずくめの老人が歩みを始めると、狼達は二頭を傍らに残して森に突入して行く。まるで……訓練された猟犬を罪の無い領民に解き放ち、血の惨劇を楽しむ非情な領主を彷彿とさせる行動だった。  その頃リリーベル達がいる集落では、仲間を呼んだ狼の退治を無事に終え、集落中のニトラ達がリリーベルの家に集まっていた。  中では、サクラベルを中心として集落の住民達が車座になって座っている。その姿を傍らで不安そうに見るマリーベルと子供達だが、そこにはスピカの姿は無い。 「いつかは来るとは思っていたが……まさか、こんなタイミングで来るとはな」 「目的は、スピカ一人って見て間違いは無いでしょう。何せ、あの子は――」 「言うな! 言わんでくれ、アルナス」  リリーベルの父であり、マリーベルの夫でもあるアルナスの言葉を食い気味に遮るサクラベル。  軽率で優柔不断で……いつまでもしっかり独り立ち出来ない情けない娘だが、正真正銘私が産んだ一人娘。そのバカ娘が一生懸命男を好きになって、惚れた男の為にお腹を痛めて産んだ子なんだ。どんな形であれ、そんな一生懸命に命を繋いだ孫を簡単に見捨てるなんて、私には出来ないよ……そんな、母としての心情を吐露したサクラベルを見て、アルナス一同の中で、戦かって平和を維持するか、敢えてスピカを見捨てて日常を守るかで意見の対立が見え始める。 「これは……ひょっとして、ひょっとするかもね」  家族の様子を心配して、再び家の屋根裏に潜り込んだリリーベルとサビー。下の部屋で揉める大人達と、その様子をただ見てる事しか出来ない母親達を見て、一層の不安が募ってくる。 「こんな事、してる場合じゃないのに――」  大人達の煮え切らない態度に不満を漏らすリリーベルだが、体は次第に空間に溶け出すようにサラサラと溶け始めていた。 (第九話・つづく)
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