第十話 光の指す先へ ( 1 )

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第十話 光の指す先へ ( 1 )

 リリーベルが志を高く持ち、集落を旅立ったその頃――ミオナとニケは、昨夜合流したリリーベルの母・マリーベルと、下の姉のカンナベルと連だって、エルダヤンと共に特別学区内にある喫茶店で会食していた。  ここは、学区内の商業地域にある喫茶店にして、学校関係者以外の人間が使用する事が許されている唯一の飲食店。価格帯が学食に比べて割高な為、主に出入りの業者との打ち合わせや、ちょっとした外交交渉などに使われる事が多い。  そんな場所で一行は、食事を手短に済ませた後、これ迄の経緯を整理すると共に、情報の摺り合わせの為に話し合っていた。 「……話の流れは、大体分かったニャ」  事の顛末を聞いたミオナとニケ、マシンワークスの顧問として参加したエルダヤンは、あまりの間抜けさに二の句が続けられない。そんな面々に対し、ただただ申し訳なさそうに平身低頭を貫くマリーベル親子。全ては、カンナベルの勘違いから始まった今回の件だが、元をただせばニケやリリーベルが、相手を深追いしすぎたミスから始まった話。迂闊で間の抜けた話の連続に、一同は建設的な話の着陸地点を未だ見出だせずにいた。  昨晩のアクトポーン強奪作戦の後、マシンワークスの連中は、黒ずくめの男改め、黒いリリーベル。略して黒ベルの奇襲攻撃を受けていた。  その際、偶々一緒にいたイーデルアイギスを身を呈して庇ったユアンが、黒ベルの凶刃の餌食になり治療棟に逆戻り。責任を痛感したイーデルアイギスは、ユアンの看病に付きっきりになり、錬成銀の短剣もいつの間にか奪われ、結果的には散々な目に遭っていたのであった。 「集落で聞いてた話と全然違ってたし……まさか、こんなちゃんとしたコモンがいるなんて……あんな状況で、身を呈してイーデルを庇うなんてさ……何か、変わってると言うか……普通、コモンの連中と言ったら、自分勝手で乱暴で、約束なんて守らないし。何より……何か、ケモノ臭くない?」 「……そんな目で、俺達を見てたのかよ」  カンナベルの言い訳と偏見に満ちた発言に、エルダヤンは呆れ返った。  元々、自分達が森の住人らに嫌われている事は薄々感じてはいたが……こうも堂々と根拠の無い言い掛かりをつけられると、取り付く島もなく会話が続かない。 「ただ……あの戦闘のおかげで、ユアンは深手を負っただけでなく、大事な身内の形見でもある親父さんの短剣まで失った。それは、紛れもない事実だからな」 「いくらイーデルを助ける為とは言え……無茶をしすぎだよ。あの子は」 「ただ、どうするニャ? あの気持ちの悪いオカマ野郎は何処行ったか分かんないし……かと言って、肝心のユアンは治療棟で現在治療中。いつ目が覚めるか――」 「手が空いた連中から、怪しい奴が居ないか学区内をくまなく探してくれてはいるが……正直、魔法を使う相手に人海戦術で捜索した所で、見つかる気が全くしねえ。これだから、魔法を使うってぇ奴は厄介なんだよな」  エルダヤンは頭を掻き、諦めたように天を仰いだ。  追うものと追われるものの差はあれど、魔法を持つ者のと持たざるものでは、魔法が使える方が圧倒的に有利。魔法が使えるテリトリー内では、魔法使いが一般人に遅れを取る事なんて有り得ない。この見えざる理不尽な差をありありと見せつけられたような気がした。 「リリーちゃんの顔を使ったアイツの目的が分からない限り、手の打ちようが無いし……て、言うか、アイツってそもそも何者なの?」 「まあ、マトモじゃないって事だけは分かるけど……何なんだろうね?」 「あーっ!! こんな時に、リリーちゃんが居てくれれば……何とか出来たかも知れないのに……」 「どうして、こんな肝心な時に居ないのよ! あの子は……」  アンタ達が呼びつけたんだろう……と、ミオナ達が心の中でツッコんだ所で、不毛な議論は更に深い沼へと入っていった。  ミオナ達のいる喫茶店がある商業施設から、少し離れた雑木林のすぐ近くに、概ね十階程の高さを誇る円型の塔のような建物が建つ。この建物が、治療棟と呼ばれる特別学区内の病院の様な医療施設だ。  この施設は、学区内の生徒だけではなく、商業施設内で生活する人々や近隣の集落の住人まで幅広く利用する為、内科や外科だけに留まらず、魔法を使った治療を行う特殊療養科まであり、この辺りの独立した施設としては、かなり充実した設備を誇っている。  そんな中、一般の病棟から少し離れた場所にある個室の病室では……ユアンが寝息を立ててベッドで休んでいる。左肩を包帯でグルグル巻で固定された姿は、何処か痛々しい。  傍らにはイーデルアイギスが俯きながら椅子に浅く座る。どうやら……自身の迂闊さのせいで、ユアンを怪我させたんだと自分自身を攻めている最中だった。 (何よ、何よ何よ。私だって、私だって……やれば出来た筈なんだから――)  イーデルアイギスは、自分自身の中で……あの時は完全に油断してたし、自分達のテリトリー内だったし仕方が無いじゃない! と、正当化する理由をあれこれと探すが、考えれば考える程……自分を庇ってくれたユアンが、リリーベルと同じ顔を持つ黒ベルの振るう攻撃で血飛沫を上げる。苦痛で顔が歪むユアン。狂気に満ちた黒ベルの顔……と、瞼を閉じれば、あの光景がフィードバックして自分自身の至らなさが鮮やかに蘇ってくる。  幸い、その直後くらいにリリーベルの母・マリーベルと、下の姉のカンナベルが加勢してくれたおかげで何とか助かったものの……ピンチになればなるほど、自分の意志に反して体が動かない。それを目の当たりにしたイーデルアイギスは、いざという時程使えない自分に更に落ち込んでいった。  同い年のはとこのリリーベルに比べて、魔法は大の得意だが運動は死ぬ程苦手。  ニトラアインの集落では、将来を担うであろう名士の一家に生を受け、一族を代表するであろうエリートとしての教育を受けてきた。が……裏を返せば、子供の頃から厳しい魔法の勉強やエリートとしての立ち振る舞い以外は何一つさせてもらえず、気が付けば、虚弱体質のくせにプライドばかりが高く融通がきかない、良く言えば籠の中の小鳥。悪く言えば、自分では何一つ決めることが出来ない、指示待ちがデフォルトの偽エリートに育ってしまっていた。  心の中では、集落の人間達から白い目で見られようが、何処か自由闊達に動き回るリリーベルに何かしらの憧れに似たようなものを抱えているのかも知れない。だが、一族に恥をかかせるわけには……と、何処かで見えない足枷を掛けていた自分に時々嫌気がさす。  本音では……普通のニトラアインの女子として、青春なるものを一度くらいは経験したい。そんな淡い想いを抱くお年頃なのに……何処で、リリーとこんなに差がついちゃったんだろう? と、暇と静寂がイーデルアイギスの面持ちを次第に強張らせていった。 「ねえ、何が正解だったのか教えなさいよ。私に、何が足りなかったのかを……」  イーデルアイギスが眠るユアンに不満を漏らしていると、何やら背後から迫る気配が。ハッと後ろを振り返ると……リリーベルやイーデルアイギス達魔法技術科の担任でもあり、白衣姿の魔法医のテラーが、事の成り行きをじっと見ていた。  「……ごめんなさいね。お邪魔だったかしら?」  ニトラアインの様な華奢な出で立ちに長い耳。健康的な浅黒い肌を持つデ・パソルと呼ばれる見目麗しい女医は、いたずらっぽく微笑む。大人の余裕を感じさせる佇まいだ。 「せ、先生! いつからそちらにいらしたんですの?」  フフフ……内緒。と、大人の女性らしい立ち振る舞いのテラーに、イーデルアイギスは思わずドキッとする。  「なーんか、青春してるみたいで声が掛けにくかったんだもん。根性! 努力! そして熱い友情!!……悩んで、考えて、必死に答えを探そうとしている……そんな姿がね」  目をキラキラと輝かせ、あさっての方向に向かって悦に入るテラー。  この狭く閉ざされた世界で、娯楽と言えば、人の悪口や根も葉もない噂話や眉唾もののゴシップ話くらい。もっぱら、噂話が大好物な彼女にとって、それは願ったり叶ったり。カンナベルと少しキャラが被ってはいるものの、根も葉もない変な噂を拡散しないだけ、リリーベルの姉のカンナベルよりマシな気はする。が、割とクセが強めな人材ではある。 「で、私で良ければ……悩み事があれば聞くわよ。友達と上手くいってないとか、恋の悩みとか?」 「あ、そういうのは全く無いです。私、コモンは大っ嫌いなんで」 「えーっ!? コモンとニトラアインの間で禁じられた愛の掟に、揺れる淡い乙女心。周りから認められなければ認められない程、愛の炎は燃え上がり、お互い惹かれ合う。はああ……何て素敵な事なんでしょう」  妄想の扉を全開に開けてパヤパヤとあっち側に行ってしまったテラーに、はあ……またかと辟易するイーデルアイギス。このお手軽な妄想癖のおかげで、授業が時々飛ぶんだよなぁ……と、このクセが強い女医の一人遊びを目の当たりにしていた。  一向に埒が明かない展開にイーデルアイギスは、その話、これ以上続けるんだったらグーで引っ叩きますわよ。と、ボソっと吐き捨てた。すると……女医はあっちの世界から、不満タラタラな顔をしながら無事帰還を果たした。 「……冗談の通じない子ね。真面目か!」 「それよりも……先生、何しに来られたんですか? まさか、生徒達を只々覗き見しに来られた訳ではありませんよね?」  「ち……違いますぅ。ちゃんと仕事しに来たんですぅ」   テラーは、手慣れた感じで白衣のポケットから、小さな杖を取り出しユアンの傷口付近にそっとかざす。ブツブツと小声で何かを呟いた後……杖の先端から、ポッと小さい光が現れた。 「我が学区が誇る最先端の医療技術と、私のとっておきの魔術を駆使した治療だから、もう少しで傷口は完全に塞がる筈。後は……心の問題かな」 「心……ですの?」  テラーの振るう杖先から、次々と光がユアンの傷口に注がれてゆく。 「さーてぇと……そろそろ始めちゃおうっかなぁ」  イーデルアイギスとテラーが、なんやかんやとユアンの病室で過ごしている頃……鎮守の森の奥深くにある祠のあるあの場所には、黒ずくめの外套に身を包む黒ベルの姿が。眼前には、岩の巨人が眠るように鎮座していた。 「今日こそ、アナタを頂いちゃうんだからね! 覚悟なさい!!」  黒ベルは、ユアンから奪い取った錬成銀の短剣を岩の巨人に見せつけるように目の前に掲げた。祭壇に置かれたランタンから洩れ出る淡く温かみのある光を受けて、錬成銀の短剣は刀身より鮮やかな光を放っている。こうしている間にも……黒ベルの体は、少しずつ、少しずつ消し炭が風に吹かれて飛んでゆくようにサラサラと溶け出ていた。 「さあ、時間も無い事だしチャッチャとやっちゃおうかしら」  黒ベルは、おもむろに短剣で印をきる。 すると……黒ベルの目の前に、魔法陣がボワっと浮き出て来た。 「コレで、アタシは神にでもなれる……もう、誰もアタシを止められな……イ――」  黒ベルが何やらブツブツと呟くと……魔法陣は、黒ベルの声に呼応する様に徐々に大きくなってゆく。  ウンウンと黒ベルが魔力を魔法陣に注いでゆくと……魔法陣は、樹木が根を生やすかの如く大きく複雑に変化。その魔法陣は完成に近づいてくると、ゴゴゴ……と地響きが始まり、掲げる錬成銀の短剣の放つ光は、更に鋭く大きくなっていった……。 (第十話・(2) へつづく) 
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