第十話 光の指す先へ ( 2 )

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第十話 光の指す先へ ( 2 )

 黄昏時を過ぎ夜の帳がすぐそこに迄差し迫ったその頃、特別学区より少し離れた上空では……リリーベルがホウキにまたがり、ふて腐れながら空を飛んでいた。 「何も、あんな言い方しなくても良いじゃないか……」  手荷物もそこそこに携え、帰路を急ぐ彼女の顔は全く冴えない。  それもその筈……集落を出立する際、祖母のサクラベルに言われた何気ない一言が頭から離れない。先日、自身に施されていた封印を解除した時、サクラベルから借りたピアスが気に入り、ちょうだいとおねだりした結果……呆気なく断られたからだった。  今迄、サクラベルにお願い事をしたら、大抵の事は断わられなかったのに……事にピアスの事になると、これだけはダメ! と一刀両断。コレは、今は亡きダーリンから貰ったとっておきなんじゃ。そんなに欲しけりゃ、好きになった男にでも貰えばええじゃろうて……と、全く相手にしなかったのであった。 「男かぁ……」  リリーベルが溜息混じりに、誰か居たっけ? と首を捻った所……真っ先にユアンの顔が出てきた。その瞬間、リリーベルの顔が一瞬で燃え上がった様に火照り上がる。全身の血液が顔に集中し、最近自身の中で芽生え始めた乙女回路がパチッと起動した。 「な……何で、ココでユアンが出て来るんだよぉ……ボク達は、まだそんな関係じゃ――」  文句を言いながらも、ニヤニヤが止まらないリリーベル。クネクネと恥じらいを振り撒きながら、ユアンと再会した時に備えての脳内シミュレーションをし始めた。  まず、マシンワークスの工房へ戻ったならば……出来るだけ自然にさり気なく、ユアンに挨拶。その後、怪我の調子はどうだい? それと……もし、良かったらさ、的な? と、お気楽にパヤパヤと耽っていると、特別学区の方角から謎の光が見えた。 「な……何だ!?」  カッと眩く光った謎の光により、リリーベルの淡い夢は一瞬で醒めた。  この不自然きわまりない現象を目の当たりにし……何だか分かんないけど、急がなきゃ! と、心がざわつき始める。そんな気持ちは次第に焦りとなり、リリーベルはホウキにしがみつき帰路を急ぐ。 「何にも無きゃ良いけど……」  言いようのない胸騒ぎを覚え、リリーベルは特別学区へ飛び去った。 「何処へ行くつもりなのさ。ユアン!」  闇夜が差し迫る特別学区の中にある、マシンワークスの工房では……半死半生のユアンが、アクトポーンに乗り込もうとしているが、ミオナとニケ、イーデルアイギスに引き留められていた。  未だ体中に包帯を巻いて、歯を食いしばり重たそうに体を引きずるユアンの姿が痛々しい。 「今、アイツを止めないと……」 「その怪我じゃ無茶ニャ! 死んじゃうニャ!!」  三人の静止を振り切って、ユアンはアクトポーンのコクピットに何とか座り込む。ふう……と一息ついた所に、持ち前のすばしっこさを生かしてミオナがスッとコクピットに入り込んだ。普段は楽観的な表情の多い彼女が、今回に限ってはいつになく真剣な面持ち。是が非でもユアンの無茶を止めようと必死になっているのが分かる。 「らしくないじゃんユアン。いつものキミだと、絶対こんな事しないのに……どういう心境の変化なのさ?」 「そ、それは……」  ミオナの問い掛けに、ユアンはうーんと暫く考え込んだ。  以前のミオナと二人で工房をやり繰りしていた時は、単なる場末の工場で仕事をしている感が強く、どちらかと言うと修行に近い日々を過ごしていた。  そんな中、魔法使いのリリーベルやニケがマシンワークスの工房に顔を出すようになってから、良く言えば賑やかに。悪く言えば鬱陶しいくらいに煩くなって来た。  特に、リリーベルからのユアンの扱いに至っては、最初は名前ですら呼ばれなかった程毛嫌いされていたが……シャングリラヤードで起こった件の時以降、リリーベルの反応が、あからさまな侮蔑からちょっとした友愛の念に変わって来たのが分かる。  同じ時間を長く共有していく内に……リリーベルやニケが、ユアンに対する見る目が変わってきたように、ユアンの中にある、リリーベルやニケに対する見方が変わってきたのは言うまでも無かった。俗に言う、歩み寄りというヤツである。  ようやく、チームとして上手く動き出そうとしてる所を……自分のミスで台無しになるのがどうしても、ユアン自身は許せなかったのであった。  もう一度、みんなと一緒にここでワイワイ楽しくやっていくんだ!……今、ユアンを突き動かす原動力はそれだけであった。 「俺達の居場所は、俺達で守るんだ!! じゃないとさ……俺達の帰って来れる場所が無くなっちまうだけじゃ無く、俺達の存在自体が世界から否定されちまう。これ以上、俺の……俺達の大切な仲間を、黙って奪われちまうのはもう我慢出来ないんッスよ!!」 「けど、その怪我じゃあ――」 「大丈夫、俺は死なない。やりたい事がまだまだ一杯あるんッス! だから、まだ……死んでやるものか!!」  ユアンの熱い眼差しに……ミオナは、こりゃ言っても無駄だねと言わんばかりに肩をすくめ、どうする? と下にいるニケとイーデルアイギスに視線を向ける。事の成り行きを見守っていたイーデルアイギスは……もう、仕方ありませんわねと、小さく咳を払う。 「……分かりました。けど、私も先生からアナタのお守りを頼まれている関係上、貴方だけに行かせる訳には参りません。だから、私達も一緒に付いて行きます」  ユアンは、コクピットから身を乗り出して、下にいるイーデルアイギスを見る。見上げる彼女の瞳からは、心中やむなしの覚悟が滲み出ていた。 「付いて行くって……さっきまで、アレの後ろで狭いの苦しいのってギャーギャー文句言ってたのに、また後ろに乗るのか?」 「ご冗談を! その件なら……丁度いい適任者がいらっしゃいますから、ご心配無く」  ……適任者? と、小首を傾げるユアンをよそに、イーデルアイギスがイヤリングを軽く撫で、フッと軽く息を吹き掛けると……傍らで成り行きを見守っていたニケが、ニャーと悲鳴を上げながら、アクトポーンのコクピットにポーンと放り込まれた。  投げ込まれる様にコクピットに突然現れたニケに、ユアンとミオナも、ああ……と声を合わせて納得した。 「確かに……ニケなら魔法も使えるし、操縦の邪魔にはならないね」 「魔法対策って事ですから、ユアンを守って差し上げて。ニケ」 「フフフ、そういう事ニャら……どーんと来いだニャ!」  頃よく全員が納得した後……各自、出立の準備を始めた。  イーデルアイギスは、外套を翻してほうきに乗り上空へ。ミオナはバタバタを起動させ、ユアンの乗るアクトポーンの傍に来る。 「みんな、準備はいい?」  首から掛けたヘッドホン越しに、自分の声が聞こえるか確認するミオナ。イーデルアイギスも、上空で大丈夫とサインを送る。 「先生達には念の為、学区内の人達の避難誘導に行ってもらってる。そんな訳で、大人達の力を借りる事は出来ないから、私達でアイツを何とかするよ。良い!?」  ミオナの激を受け、ヘッドホンから一斉に、了解!! と、返ってくる。  ユアンは首に掛けたヘッドホンを指差し、ニケに聞こえるかとジェスチャーを送る。聞こえるニャとニケが返事をするや否や、アクトポーンのハッチを閉じエンジンを起動させる。パチパチとスイッチを入れ、電装系の装置に次々と火が入ってゆく。スロットルを開放し、キーン……と高なるタービン音と共に、駆動系に熱が籠もる。 「さあ……行くぜ!!」  アクトポーンは鎮守の森の向かって、土煙を上げて疾走していった。  夜の帳が降り、月の光が森を明るく照らす頃……鎮守の森に入ったユアン達一行は、森の奥深くにある例の祠のある場所を目指す。  茂る木々や入り組んだ小径がユアン達の行く手を遮る中、バタバタとアクトポーンのヘッドライトが煌々と闇夜を照らす。マシンはうねりの様な駆動音を響かせて、グングンと森の奥へと歩みを進める。  ほうきに乗り先行するイーデルアイギスを、ユアンの乗るアクトポーンとミオナの乗るバタバタが後に続く。  アクトポーンのコクピット内から見える彼女の姿は、ユアンにとってとても見え辛い。 『まだ着きませんの? 例の場所には』 「もう、そろそろの筈なんだけど……」  ユアンとイーデルアイギスがヘッドホン越しにやり取りしている間に……例の祠が遠くに見えてきた。月の光が祠を照らし、闇夜の中でより一層印象的に映える。 「さあ、着いたよ!」  バタバタに乗るミオナの号令の下……一行が、月の光に導かれるように祠のある空間に入るや否や――突如、足下から緑の物体が、地面を隆起させゆっくりと姿を現わす。ゴゴゴ……と小刻みに揺れながら姿を現す巨大な土の塊。ユアン達は咄嗟の機転を利かし、寸での所で身を躱して何とか直撃を回避した。舞い上がる土煙。 「なっ……何だ? 何が起こったんだ?」  アクトポーンのヘッドライトが照らす先のモノを、目を細め眼前の光景を凝視するユアン。土煙が晴れ、うっすらと土の塊が姿を現す。よーく見てみると……岩の巨人の体に、巨大な緑の植物が絡みついている異様な姿だった。  ゴツゴツした岩肌剥き出しの体に、無数の蔦が絡むように巨大な植物が身体を覆い、肩口辺りには苦悶する人間の顔があちこちに散見。そして、頭部には食虫植物の蔦や葉で編み上げた、仮面の様な禍々しい容姿をしていた。 「何コレ? 前より、エゲツない事になってんじゃんよ……」  巨人の胸にあたる部分から、突如黒ベルの上半身のみが生み出されるように湧き出てくる。上半身裸のような姿で、長い髪を振り乱し、空虚を見つめる黒ベルの姿に、一行は唖然とする。 「待ってたわよォ……さあ、決着をつけましょウ」  そんな中、黒ベルは我関せずと恍惚な面持ち。どうやら……錬成銀の力を使って、岩の巨人の力を取り込んだ様子だった。 「この規格外で大胆な肢体に、艷やかで逞しいボディ! ヤダ、力がドンドン漲ってくる……コレが、錬成銀の本当の力! そして、コレがアタシの本当の力!! 例えば――」  黒ベルは、突如息を大きく吸い込み、天を仰ぐように月に向かって叫ぶと……沈黙を貫いていた森中のエーテルが、淡い光と共に緑の巨人に次々と吸い込まれてゆく。この異様な光景に、ユアン達の中に更なる緊張が走る。 「森中のエーテルを、凄い勢いで吸い上げてる……一体、どう言う事ですの?」 『分かんニャい。でも、このまま放置すると、何かヤバい気が――』  エーテルの逆流が終わった途端……ザワザワ……と、木々がざわつき始める。  このざわつきは、やがて悲鳴にも似た木霊が多重奏の様に、次々と森の奥深くから生み出され、最終的には……ドン! と低く大きい反響音がユアン達に放たれた。  その音波をまともに受け、うっ!……と、咄嗟に耳を塞ぐイーデルアイギス。叫ぶ木霊は風を切り、大きな波となって彼女に構わず大きく力強くなっていく。 「ううっ……コレは、無理!」  やがて、音波に耐えられなくなった為か、イーデルアイギスはミオナの乗るバタバタの荷台に緊急避難する。  ユアンやミオナの様な一般人だったらいざ知らず、耳が良いニトラアインのイーデルアイギスには効果てきめんだったようだった。因みに……ニケは、にゃあああ……と、コクピット内で耳を抑えてもんどり打っている。  力強く放たれていた音波は、大きなうねりを巻き起こした後、木々のざわめきと共に何処かに消え去っていった。 「見たか、この圧倒的な力を!!……さあ、どうするちびっ子達よ! このままだと、この森は死んじゃうわよ? それとも、怖いのかな?……このアタシが!!」  イーデルアイギスの苦しむ姿を見て、黒ベルは、どうだ! と勝利を確信したドヤ顔。イーデルアイギスは、へたり込みながらも黒ベルを睨みつけ唸る。 「魔力の源でもある、エーテルまで人質として取るなんて……何て卑怯な!」 「でも、相手の手の内が分からない以上……取り敢えず、様子を見るしかなさそうだね」 「けど、このままでは――」 『どんな技を使ってくるか分かんないし……ココは仕方無いッスね』  ヘッドホン越しに二人に説得され、イーデルアイギスは、荷台の床を力を込めて叩いた。バン! と、乾いた音だけが虚しく響く。 「みんな、付かず離れずで行くよ! 一つでも多く、アイツの手の内を見極めるんだよ!!」  ユアン達は、この不気味な緑の巨人から距離を取るように身構える。 (第十話・( 3 ) へつづく)
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