第二話 英雄の眠る丘(1)

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第二話 英雄の眠る丘(1)

(こ、これは……アカン展開だニャ――)  ある時には野良猫として街を徘徊し、またある時には村や街の守護神として影日向から人々を見守る選ばれし魔法猫『チャ・ガ』……そんな選ばれし猫界のエリートとして生まれ、魔法技術科に百年に一人(?)の逸材として学園に入学した三毛猫のニケ。入学以来、あれよあれよと瞬く間に魔法技術科首席にまで上り詰めた魔法の天才だった筈なのに……今は、野菜籠を背負ったアーバンフットの少女・ミオナに抱きかかえられ、鎮守の森の中を連行されていた。 (オイラの旺盛な好奇心のせいか、こんなにも簡単にピンチを招くニャんて……今日は、何てついてないんだニャ。でも……ひょっとしたら、ゴハンくらいは頂けるかも――)  気まぐれで外出した猫ちゃんが自分の縄張りからうっかり出てしまい、見知らぬ土地で腹を空かせてニャーニャーと鳴いていた所を、偶々果物狩りの帰りに森を通りかかったミオナに救出された。ただそれだけの話を、ニケは自分の都合のいいように脳内変換していた。 「こんな所に猫ちゃんだなんて、珍しい事もあるもんだなぁ……」  要塞化したこの土地では、農業技術の連中が扱う家畜を除いて、犬猫等の動物を見かける事は殆ど無い。  特に、学園の生命線としての家畜を襲う可能性のある野犬や野良猫においては、発見次第駆逐するよう学園の中央倫理委員会からお達しが出る程だった。 ただ……動物好きのミオナにとっては思う所もあるようで、若干の後ろめたさが頭をもたげていた。 「でも、辛いよね……何の罪も無いキミを、この手で殺さなきゃいけないなんてさ――」  ミオナの発言にニケは、「……え?」と我が耳を疑った。  そんな三毛猫を抱え、ミオナは森を後にしていった。  一方その頃、マシンワークスの工房では――ユアンは腕を組み唸っていた。  眼下に見下ろすテーブルの上には『依頼書』と書かれた書類が二枚並べられ、ユアンはそれを睨みつけるように唸っては首を捻り、唸っては首を捻りを繰り返していた。  この学園では、マシンワークスのような活動団体や部活・サークルも、活動するにあたって自給自足を基本とし、資金・資材の調達や製品・商品の販売等については、非人道的な行為を除いて各自の裁量に任されている。  逆を言えば、ルールの範囲内であれば自由に経済活動が行える反面、完全に自己責任のもとで部活を経営しなければならず、経営の失敗は自らが所属する組織の死を意味するのである。  学費や生活資金の捻出を組織に依存する学生も少なくなく、ユアンやミオナもその端くれとして、日々の活動に勤しんで学園生活を送っているのであった。  その上……半年に一度、納付期限までに学費を支払えない学生は、問答無用で即退学というルールも加わる為、学生達はより真剣に経営に参加するのである。  機械の修理・改造しか行わないマシンワークスにとって、外部からの依頼は貴重な収入源ではあるものの……テーブルの上に置かれた二枚の依頼書の内容は、ガラクタと化したTAの回収と、そのTAの静態保存である。  一応、依頼主は別人のようだが、依頼文から察するに……同じ現場の同じTAの事を指しているようで、お互いの内容には若干の食い違いも見受けられる。 「うーん……どうしたものかなぁ――」  思案するユアンをよそに、ミオナは「ただいまーっ!」と、ニケを抱えて帰って来た。 「あれ? 先輩。その猫、どうしたんスか?」 「拾った」 「拾ったって……それ、野良猫じゃないッスか!」  むぅ! オイラを見た目で判断してからに……これだから、人間達は……と、口を挟みたい気持ちをグッと堪えるニケ。  それが何かと悪びれる様子も無く、ミオナは背負っていた野菜籠とニケを降ろした。 「まさか……また、行ったんじゃないでしょうね? 野菜泥棒――」 「今日はフルーツ狩りだよ、フルーツ狩り」 「この前も、青果生産サークルの連中とモメたばっかじゃないですか! それに――」 「ウチらだって、生きていく為には食ってかなきゃならないんです! 今は、機械修理の仕事が全然来なくってド貧乏なんだから、多少の事はしょーがないでしょうよ!!」  ユアンは、またかと天を仰ぐ。  先日のリリーベルが関わった一件以来、鎮守の森は静かになっていた。……が、そのせいかどうかは別として、それ以降、機械の修理や改造などの依頼がぱったりと来なくなっていた。  その為、機械いじりしか興味を示さないユアンに代わって、ミオナが世間の目を盗んで、食料調達に勤しんでいたのだが……この狭い学園において、悪行は瞬く間に知れ渡る事となり、現在のような村八分状態に至っていたのであった。  そんな事は我関せずと、ミオナはテーブルの上の依頼書に気付く。 「おおっ、依頼かい? 久々じゃんか!」  ミオナは、依頼書を手に取り目を通し始める。  最初は笑顔で依頼書を読んでいたものの、読み進めるうちに表情が段々と曇る。最後には、ユアンと同じような憮然とした面持ちになってウーンと唸っていった。 「……これさ、どう言う事? 思いっきり矛盾してんじゃん」 「こっちが聴きたいッスよ、そんな事」 「まさかコイツら、ウチらを騙そうとしてるんじゃ――」  ニケは「まっさかぁ! そんな事ある訳ないニャ!」と、思わず言葉を発してしまった。  その直後――しまった!! バレた! と、咄嗟に口を覆ったが、ミオナとユアンはどこ吹く風。不思議そうにお互いの顔を見合うだけだった。 「ユアン、今……何か言った?」 「なっ、何も言ってないッスよ、俺は!」 「トホホ……空腹続きで、とうとう幻聴が聞こえてきたんじゃ――」  ニケはイラッとしながら、声のボリュームを上げる。 「だーかーらーオイラだってばさ、お二人さん!」  ギョッとする二人をよそに、ニケはテーブルにひょいと飛び乗った。 「オッス! オイラ、ニケ!! 魔法を使う不思議な猫ちゃんだよ!」  手慣れた感じでポーズを決めるニケに対し、ユアンとミオナは一寸間を開けた後、「あ、どうも」と、薄めのリアクション。 「あの……ギャーッ! 猫が喋ったぁ! とか、天変地異の前触れじゃーっ! とか、キャー三毛猫カワイイ! 的なリアクションって頂けニャいんですかね?」 「この前、耳長のボク女が、箒にまたがって空飛んでるのを見たからね」 「それに比べて、猫が喋ったくらいでは少々インパクトが……」  ニケは、臍を噛んで「くっ、アイツめ……」と、悔しがる。  よくよく考えると、大脱出のイリュージョンを見せられた後、帽子から鳩が出てくるような地味な手品を見せられてしまうと、思いのほか場がシラけてしまうように、よく喋るだけのケモノより、魔法少女風のお姉ちゃんが箒にまたがってビューンと空を飛んだりする方がインパクトがあるっちゃある。順番は大事。 「それにさ、喋れるんだったら最初から言えっての! てっきり、普通の野良猫かと思って、どうやったら苦しまずに殺処分できるか、真剣に考えちゃったじゃんか!」 「あ、何かゴメンにゃサイ。喋るタイミングが……って、何で、オイラが怒られなきゃならないんだニャ!!」  さっきまで借りてきた猫状態だったニケは、殺処分のピンチをとりあえず回避できた。  結果的には……乗りツッコミが出来る喋る猫ちゃんて事を、二人に見せつけた結果にはなったが、今は何を言っても説得力がないので、取りあえずこれで良しとすることにした。  それから、小一時間後――。  ミオナとユアンは、拾って来た魔法猫『チャ・ガ』のニケの知恵を借りる事にした。  機械大好きなメガネと手癖の悪いアーバンフットだけでは、話が暗礁に乗り上げてまま時間だけを無駄に消費するだけし、それだったら、猫の手でも借りればと安易に判断したからだ。  それに、喋れるくらいに頭が良いんだったら、ちょっとした気の利いた一言くらい出て来るだろうという気持ちが、心の何処かにあったのは言うまでもない。  あれから気付いた事と言えば……利益相反を起こしている様子の依頼文だったが、ちゃんと熟読してみると、一方は理路整然と描かれた大人の文章で、もう一方は、文章の所々で幼さが見え、拙いながらも一生懸命書いたなと思わせる文章だった。  この事を鑑みて……これらは全く別の依頼として処理しても問題はないだろうと判断が出来たくらいであった。  だが……本当の問題はそこではなかった。 「どっちも、成功報酬が安すぎるな……」  全員の本心からすると……両方の依頼を受けれるならばそれに越した事は無いが、現実的に言ってそれは無理っぽい。だからと言って、片方の依頼だけを受けた場合、得られる報酬はたかが知れている。今後、依頼がない時に備え、出来れば多めに報酬を獲得しておきたいところだが、依頼自体を失敗すると、世間の信用が落ちた上に今後の活動に影響を与えかねない。最悪、マシンワークス自体解散という可能性も孕んでくるだけに、慎重に挑まなければならない。 「今後の事を考えれば……両方こなしたいけど――」 「あちらを立てれば、こちらが立たずか……何て、人間社会は面倒臭いんだニャ」 「せめて、マシンワークスがもう一つありゃあなぁ――」  ユアンの何気ないボヤキに、ミオナは、「それだ!」と膝を打った。 「……パイセン、どったの?」 「じゃあさ……この際、別々に解決しちゃおうか? お互い知らないフリしちゃってさ」  イマイチ合点がいかず訝しめた面持ちのユアンとニケ。すると、ミオナは推理小説の謎解きを見せつけるかのように、懐からペンを取り出して二枚の依頼書に筆を入れ始めた。  学園から十数キロ程南下した辺りに、小高い丘と草原が広がる『光の丘』と呼ばれるなだらかな丘陵地帯がある。  この辺りは、ユアン達が普段生活する学園地域と違い、標高が三百メートル程高く空気が乾燥している上、風が強い。  あたりを見渡すと、高地に生息する野生動物達の他に、ハイランダーと呼ばれる地元の先住民達が、集落を形成しながら牛や羊を放牧させ、馬を走らせながら生活を営んでいた。  そのハイランダー達の設営した大型のテント・ゲルの中で、ユアンは依頼者と思われる男達に会っていた。 「遠路はるばる、来てくれて感謝するよ」  その中のリーダー格の男・ロックウッドは、相対するユアンに深々とお辞儀をした。  身なりは、歴史を重んじるハイランダーとは思えない程こざっぱりとして都会的。言われなければ、街行く一般人と区別が付かない程洗練されている感があった。  ユアンから見れば少し年老いたような印象だったが……袖口から見える大きくてゴツい手や、鍛え上げられた体つきから、結構な修羅場を今迄くぐり抜けてきた事は想像に難くはなかった。  見た感じ……これだけの実力があるのであれば、草原に鎮座するたった一体のTAの撤去など難しくない筈なのに……何故、態々全く関係の無い第三者の俺達に頼むのだろうか? 何かの罠やしがらみだったりと、自分達では出来ない事情があるんじゃないのかと、ユアンは思案を巡らせる。 「お前さん……今まで、結構な修羅場をくぐって来てるみたいだな」  ロックウッドの不意を突く問いかけに、ユアンは「えっ?」と、驚く。 「まあ、我々には関係ない事か……」  そう言うなり、ロックウッドはガハハと笑い、つられて周りの男達も下品に笑う。 「何が言いたいんだ、アンタ達は……」 「まあ、いい機会だ。ちょっと、昔の話でも聞いてくれないか……」  ロックウッドが喋り出した途端、周りの男達は一斉に沈黙した。  かつてこの地域では、『荘園戦争』と呼ばれた割と大規模な戦争があった。  近隣に隣接する諸貴族のエンブレムが、バラや水仙、麦の穂などの植物を使用していた事と、それに引っ掛けて、各々の領地を荘園とした揶揄と皮肉を込めたのがその由来であった。  自国領民を顧みない、自分勝手で傲慢な貴族達の権力争いという綱引きの為に、三十年もの長い時間と、貴重な資源を無駄に使った壮絶な潰し合いを演じた悪名高き戦争である。  そんな戦争の終わりがようやく見え始めたある時……小高い丘と草原しかない、こんな寂れた土地にも容赦なく戦火は拡大してきた。  戦争に駆り出された男達の留守をいい事に、敗残兵や敵前逃亡をした荒くれ者達が、野盗と化し……いわゆる『反兵』と呼ばれる者達が、戦地の近くの村や集落を襲う火事場泥棒が、戦争が終わりに向かうにつれ横行。村や集落に残された僅かな資産や、力の無い老人や子供達が次々と被害に遭う事例が増えてきた。  その時、偶々TAの弾薬と燃料補給の為に集落に立ち寄った兵士・アラン=マッカリ―とその戦友・マット=ブラウンによって、反兵達を、激闘の末追い払い集落に平和を取り戻したが、当時最新鋭と謳われたTAをもってしてもやはり多勢に無勢……その代償に、二人の命はこの見知らぬ大地を枕に、儚く散らしてしまったのであった。  戦争が終わって暫くしたある日、戦争から無事帰還した集落の男達と、残された老人や子供達の手によって、朽ち果てたTAを墓標として、二人を救国の英雄として祀るようになった。  そらから……いくつもの年月が過ぎ去った現在――1人の行き倒れの旅人を助けた事をきっかけに、集落に残されたTAを巡って、新たなトラブルに巻き込まれる事となってしまった。  一命を取り留めたその旅人は、近隣の荘園を旅していた際にスパイ行為を疑われ投獄されてしまう。その際……苦し紛れに、この集落で朽ち果てたTAがある事を漏らしてしまった事を機に、各荘園からいわれもない嫌がらせを受けるようになってしまったのだ。  先人達の恩恵と、タチの悪い隣人達による嫌がらせからの解放を巡って、集落中の人間達による侃々諤々とした討論の結果……先の戦争を忘れない為、今の自分達があるのは彼らのおかげだと、TAの静態保存を主張する集落の主流派の人々と、先の戦争の記憶を一刻も清算し、自立した平和的な生活を送りたい革新派の人々で意見の対立が決定的となった。そのおかげで、今や集落が空中分解寸前の状態となってしまっていたのだった。  革新派の連中の元にいるユアンとは別に、ミオナは、集落の外れにある穏健派の人々のテントに身を寄せていた。  中では、集落の民族衣装を着た老婆と孫娘のキィが、ミオナと座って向い合う。  神妙な面持ちの老婆と少女に対し、ミオナは何処か落ち着かない。 「あれ? にゃんこ、何処行ったんだろ?」  ミオナが辺りを見渡しても、ニケの姿はない。  私達はただ、平和に暮らしたい。それだけなんです!……キィの悲痛にも似た訴えに、ミオナは困惑の面持ち。軽い気持ちで依頼を受けに来た自分達と、明日をも知れない緊迫した状況のキィ達を鑑みて……ヤバい! コレ、簡単に受けちゃ駄目なヤツじゃん! と、自身の軽率な行動を後悔していた。  一方ニケは、ミオナのいるテントの外にいた。  口元をクチュクチュっと動かしたり息を吹いたりしてみるが、何も変化が起こらない。 (やっぱり、ココじゃ魔法が……使えないニャ)  こんなチマチマした事なんかせずに、魔法をパーッと使ってチャチャっと解決すりゃあ良いじゃん。人間関係なんて超簡単と、高を括っていたニケだったが……魔法が使えない状況に生まれて初めて直面し、ニケは困っていた。 (エーテルが全く見えないし……どうしよう)  結局、ミオナとユアンはそれぞれの依頼を受ける事にした。  自分達の中で断る材料を探した結果、何も無かったって事もあるが……集落の状況を聞いて、取りあえず何とかしてあげなきゃと、ちょっとした同情心が湧いて来たからなのであった。  かつての大航海時代を彷彿させるような船を模したホバークラフトが、空気を切り裂くように轟音と砂煙を吐き出しながら草原を疾走する。  艦橋の後部甲板には、重武装化したバタバタ二機がワイヤーで固定されている。  艦橋内部の操縦席には、双眼鏡で前方の監視をしている男や、艦長の椅子に偉そうにふんぞり返って座る隊長らしき男など、いかにもならず者と言った身なりの男達がいた。 「ようやく、見えて来やしたぜ。隊長」  手下感丸出しの男が、前方を指さす。 「ああ、確か……あの集落って、動かなくなったガラクタがあるだけでしょ? 何も、そんなに目くじら立てなくても良いんじゃないですかぃ? どうせ、金目のモノなんて――」  隊長は、おもむろに椅子のひじ掛けをバンと叩く。その途端、男達は委縮して沈黙する。 「分かってねぇな、お前えらはよぉ!! 俺達は……どういう形であれ、TAのような戦争兵器を持ってる奴らを許しちゃおけねぇんだよ!」  自分達の事は取りあえず棚に上げておいて、隊長がタバコを催促すると、男達の中の一人が慌ててタバコを用意し火をつけた。  隊長は、間髪入れずにタバコをくぐらせ、フーっと一服し自らを律する。 「だから……こうやって、辛くて苦しいパトロールなんぞをやってやってる。そうだろう?」  委縮する男達は、歩調を合わせるように頷く。  俺達以外の人間が、あんな危ないガラクタを持っていい筈がねぇんだよ! とか、あのガラクタを見てるだけで俺様の気分が悪くなるぜ!!……等、自分達がいかに正義の為に戦っているかを、隊長は気持ち良さそうにクドクドと語る。  男達は、やれいつもの病気が始まったと言わんばかりに目を逸らして、話半分で聞いている。 「だから、しーっかりと教育して、誠意ある謝罪をさせねえとな! しかも、永遠に……だ!」  隊長の下品な笑い声を漏らしながら、ホバークラフトは草原を駆け抜けていく。 (第二話・つづく)
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