第三話 ゴブリンアーマーを追え!!(1)

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第三話 ゴブリンアーマーを追え!!(1)

「おい! 居たか!」 「いや、まだだ!」  月光が優しく降り注ぐ薄暗い森の中――西方聖伝教会の紋章が入った外套を羽織り、鎧兜で完全武装した屈強な男達が、松明を片手に辺りを物色していた。  各々、抜き身の刀剣やライフルを引っ提げて、おっかなびっくりな感じで草むらや木の枝などを見ては突き、何処かで物音でもしようものなら、得物を構え眼前の暗闇を睨みつける……何か、落とし物を探しに来たと言うよりかは、得体の知れない化け物でも退治しに来たようなピリピリとした空気感が男達を包み込んでいた。 「ひょっとして……奴は、もうココに居ないんじゃ――」 「だが、俺達も子供のお使いじゃない。司教様の命により、奴の亡骸をこの目で確認するまでは、教会に戻る事が出来ないのは新兵のお前でも分かるよな?」  新兵は、隊長の無言の圧に……ウス! と俯いて答える事しか出来なかった。そう言う事だ……と言わんばかりに、隊長は新兵の肩をポンと叩く。 「隊長! もう、このあたりには居ないようです!」  遠くから叫ぶような別の兵士の報告に、隊長は、そうか……と言うなり、手を仰いで集合を促す。すると、けたたましく金属の擦れ打つ音を響かせて男達は綺麗に整列した。 「次へ行くぞ! 全体、前へ!」  男達は、軍靴の音を響かせ森の奥へ次々と消えて行った。  それから一寸後――森の一部が鈍く光った後、魔法陣がフーっと現れた。物々しく怪しい光を放つ魔法陣が揺らぐ中、黒ずくめの男がゆっくりとその姿を現した。 「なるほどね……コレで、だいたい事情が分かったわ」  黒ずくめの男が指をパチンと鳴らすと、魔法陣は一瞬で消え去った。  黒ずくめの男の後ろには、傷ついて今にも死にそうな猿のような小鬼、『エンキ』が横たわって蹲っている。  元々エンキは、洞窟や廃墟を根城に集団生活をする夜行性のモンスターで、猿を一回り程大きくしたような姿をしている。猿と比べて尻尾が無いのが特徴で、簡単な作りの衣装や武装を駆使して、近隣の村などから家畜や食料、時折女子供をさらう困った連中である。  発見次第駆除される悲しい運命の元で生きる最弱のモンスターではあるものの、集団になった時の組織力は侮れないモノがある。下手な新人ハンターや職業冒険者だけでは、返り討ちを被る事も有る油断大敵な相手だとか。  たかだかエンキ一匹を成敗する為に、遠路はるばる西方聖伝教会直属の粛清騎士団を派遣するなんて……しかも、立派な軍用犬つきの大所帯とくれば、誰がどう見ても何かあるだろうと思い、黒ずくめの男は半ば興味本位でエンキを匿った次第なのであった。  只の死にかけた一山いくらの雑魚モンスターなのであれば、ここまでの事をするなんてあり得なかった。ただ……コイツの持つ、ドス黒く濁った赤い瞳がどうしても脳裏から離れていかない。探求心旺盛な研究者気質を刺激された黒ずくめの男にとって、コレは最高の御馳走だ! と、言わんばかりの歪んだ欲望が含まれているのは言うまでもなかった。 「やーっぱり、ワンちゃんを先に始末しといて正解だったわね。アイツら意味も無く鼻が利くからさぁ、隠れるのに苦労しちゃうんだもん」  エンキはやがて、息も絶え絶えの状態で地面に崩れ落ちた。  息は荒く、今にも絶命しそうな様子に黒ずくめの男は、エンキの目の前で仰々しく跪いた。 「……って事で、君にグッドニュースよ。おサルさん」  などと言うなり、黒ずくめの男は、見せつける様に懐から一粒の飴玉を取り出した。紫がかったいかにも禍々しい色合いの飴玉を、黒ずくめの男は、態々横たわるエンキの口元にまで持っていく。 「このアタシのお願いを、たった一つ聞いてくれれば……助けてあげても良いわよぉ」  一瞬、隙を突いて飴玉を頬張ろうとしたエンキだが、寸での所で黒ずくめの男はひょいっと飴玉を取り上げる。 「その傷の深さだと、助かる見込みは殆ど無いと思うしぃ……今のアナタには、選択の余地は無いんじゃないかなぁ?」  エンキは薄れゆく意識の中で、先程まで自分を追い詰めた男達の姿が脳裏をかすめると同時に、心の底から湧き出す怒りの感情を露わに晒し始めた。  傷つき動けなくなった自分自身に対する歯痒さも相まって、黒ずくめの男を睨みつけながら、今はか弱く唸りを上げる事しか術がなかった。 「さあ……どうする?」  エンキは怪訝な面持ちを見せつつ、最後の力を振り絞り男の持つ飴玉に食らいついた。  その姿を刮目した黒ずくめの男は、口元が一気に緩む。 「素晴らしい! 契約成立って事ね」  数回の咀嚼の後、エンキは飴玉をゴクリと飲み込んだ。すると――エンキの体はふわりと宙に浮き、突如現れた謎の糸に全身が包まれる。そして、あれよあれよと瞬く間に禍々しい繭玉にその姿を変えていった。 「さあ、醜き哀れな者よ! せめて、美しい蝶にでもおなりなさい!」  黒ずくめの男は、高笑いを上げた。  歓喜と狂気が複雑に入り混じったその声は、森を揺らし遠く遠く響き渡った。  翌日――見事に晴れ渡った天候の元、特別学区内のマシンワークスの工房の外では、おはようございますニャー……と、ニケが上空から箒の上にちょこんと乗って現れた。  先日の一件以降、ニケはマシンワークスの工房に足繁く通うようになっていた。  魔法が使えない世界で経験したあの無力感を、もう二度と経験したくない……只の可愛いだけの愛玩動物なんてサッサと返上してやるんだと言わんばかりに、何処ぞで拾って来た眉唾な金属を、何やら怪しい加工を施す事に勤しんでいるのであった。  いつものように、ニケが欠伸をしながら下りてくると……バタバタの操縦席で必死に奮闘するリリーベルの姿がふと目に入った。  ユアンやミオナと同じツナギを着てヘルメットを目深にかぶり、首には長めのタオルを巻いている。ニトラ特有の長い耳が無ければ、新しい工員さんでも入って来たのかなとサラリと受け流す所だったが……ニケは、思わず二度見して声を上げた。 「ニャ!……ニャにやってんのさ! 耳長!!」  聞き慣れた声に気付き、ん? と、リリーベルは奮闘を止めた。 「何って……この前メガネくんに、TAの操縦を教えてもらったから、こうやって練習をしてるんじゃないか」 「いつもの辛気臭い魔法はどうしたんだニャ? あの、じわーっと滲み出てくるヤツ――」  コイツ、普段ボクの事そう思ってたのか。どうりでいつも上からモノを喋って来るなと思ってたんだよな……と、改めてこのケモノが自分を下に見ているのをリリーベルは確信した。  よくよく考えてみても……同じ魔法技術科で学んでいる首席の猫ちゃんと、魔法使いの世界に生まれながら魔法が苦手なニトラの少女だと、周囲からの風当たりは当然違ってくる。  最初は皆さん平等に、お手て繋いで頑張りましょうと言っていたとしても、時間が経ち成績に優劣が付いてくるにつれ、それぞれの立ち位置が自ずと決まって来る。すると、内部で優劣を定める格差が生まれ、ヒエラルキーとして見えない高い壁が発生し、ついには差別が誕生する。そうして人々は社会で生きてゆくのである。それが世間と言うものらしい。  まあ……生まれ持っての魔法の天才と比べる自分がどうかしている。ボクはボクなりに頑張ればいいや。気にしない気にしない……と、リリーベルは沸き起こる怒りをグッと抑え、猫ちゃんの戯言を聞き流す事にした。 「ボクだって、思う所あってコレをやってんだよ。決して、魔法使いを辞めた訳じゃ――」 「ま、せいぜい頑張ってニャ」  ニケの心無い一言に我慢出来ず、リリーベルが操縦席から立ち上がろうとした瞬間――バタバタがガクンと傾いて、その拍子に頭を強打した。  その間抜けな姿を間近で見たニケは、腹の底から全力で馬鹿にした笑い声を上げた。 「ううっ……今日は、厄日だぁ……」  今にも泣きそうな面持ちのリリーベルが操縦席で蹲っていると、ユアン達が所属する戦闘部隊の隊長であり、機械技術科の教師でもあるエルダヤンと、西方聖伝教会の法衣を身に纏った、背が低く大きな鼻が特徴的なグランドサーバーの青年・モントが、ユアンと一緒に建屋から出て来た。 「何か、話し合いかニャ?」 「そんな事、ボクが知る訳ないだろ!」  リリーベルとニケが二人でやんやと押し問答をしていると、ユアンはニケ達に気付いて声を掛けた。 「二人共、ちょっと来てくれ!」  ユアンの呼び掛けに、ニケとリリーベルは訝し気な表情を浮かべた。  ユアン達は、場所を工房内へと移した。  一同は大きなテーブルを囲んで、モントの話に耳を傾ける。  彼の話によると……数日前、この特別学区を目指した西方聖伝教会の伝道師達が、突然行方不明になった事を含めつつ、最近この近辺で起こっている、集落や交易所などの連続襲撃事件に関しての事を話し始めた。  モントの調査によると、これらの襲撃事件には共通する特徴があるようで……まず、襲われているのは決まって穀物などを保管している食糧倉庫や、家畜などがいる豚舎や鶏舎である事。  取引単価は高いが移動させるのが大変な大型の牛などの家畜や、魔法の宝石類及び金銀パールなどの貴金属を取り扱っている問屋や交易所などには被害が殆ど出ていない事を考えてみると……どうやら、その辺にいる普通のエンキ達の仕業ではないなという見立てが出たそうな。  けど、腑に落ちない点が一つあるようで……襲撃された集落の人々への被害は、驚く程殆ど無かった事だった。  地元住人達の抵抗にあって、偶々被害が食料だけで済みましたって事は稀にあるけれど……ココに来るまでの被害に遭った集落全てがこんな感じだったのである。  従来、エンキ達の襲撃があると、手当たり次第に集落中の食料や貴金属の類は根こそぎ持って行かれ、人々はさらわれるか殺される……理性の欠片もなく食い散らかすのが地頭の悪い奴らの常なのである。だから嫌われる。 「要するに……このグループは、普通のおサルさんと違うって事かニャ?」 「恐らく、何らかの訓練を受けた可能性がありますね。統率も見事に取れてる感じですし」 「訓練って言っても、所詮サルじゃ――」 「だが、全く無い話ではないぞ」  かつて、この辺りで荘園戦争なる争いが行われてた頃――今回の件と同じ様に、一部の地域の集落を中心に襲撃された事件についてエルダヤンは語り出した。  まだTA が本格的に戦場に投入される前……とある街道沿いの集落で、その不可解な事件は起こった。  その場所は、戦争状態だったある二つの国にとって、とても重要な要の土地……からは少し離れるものの、主要の街道に隣接し、敵情をくまなく見渡せる見晴らしの良さと、物資の補給や防御線の構築が容易な抜群のロケーションという二つの条件を兼ね備えた、戦略上理想的な土地であった。  そんなある日、とある国の軍隊が血で血を洗う激戦の末、歴史的な大勝利を掴みこの土地を手中に収める事に成功した。  当然取られた側の国は、この土地を奪い返そうとあの手この手とありとあらゆる手段を講じて戦いを挑んだ。だが、結果的に大半の戦力を大幅に消耗させられただけで終わった。  長引く戦争と先の見えない不安感に辟易した国民らの反対もあり、これ以上の戦争の長期化は出来ない。取られた側の貴族達はとうとう打つ手が無くなってしまった。  正直……このまま負けっぱなしで休戦条約を結んでしまうと、完全に負けを認めた事と変わらないし、何より自身のプライドに大きな傷がついてしまう。せめて、せめて……嫌がらせとして何か出来ないだろうか? そこで登場したのが……。 「エンキ……って事ですか」 「闇夜に紛れて投入されたエンキ達は、一晩の間に敵を全滅に追い込んだそうだ。そのおかげで……負けかけた貴族たちのプライドは保たれ、その土地は晴れて自国の植民地となり、一発逆転のオマケ付きって話だ」  ここで、リリーベルに一つの疑問が生まれた。  いくら最弱のモンスターといえども、人間の言う事を素直に聞くものかなぁ?……そもそも、どうやって敵味方を見分けるんだろう?……考えれば考える程、疑問の靄が頭を包む。 「アイツらは、頭は悪いが間抜けではない。大人になってからでは手を焼く厄介者だが、子供の時から上手く調教出来たのであれば、人間を家族として認識するのは過去の研究論文から見ても明らかだからな」 「……でもさ、仮に作戦が上手くいって、後から来た人間達がわらわらと進駐した後、ヤツらは一体どうなるんだニャ?」 「その先の事は、私達にも分かりません。何せ……関連する書物が、思いのほか見つからないもので……」  とりあえずモントからは、この不可解な対策としては……戸締りをしっかりして、何かあったら自警団本部に連絡する事。奴らを見つけても、無暗に追い払おうと刺激したりせず、駆除を専門にしているプロに任せるようにと忠告された。  普段だったらいざ知らず、ミオナ先輩がシャングリラヤードに帰省して不在中の今……もし、こんな厄介な連中と遭遇したら、いくらエルダヤン先生に鍛えられたとはいえ、実戦経験の乏しい二人をどうやって守ろうか?……魔法使いだから、箒さえあれば飛んで逃げる事だって出来るっちゃ出来るけど……変に小さな正義感を出されたら、俺はその時どうすれば……と、ユアンは一人憂慮していた。  悶々とするユアンを尻目に、何処ぞかから突然アラーム音が聞こえてくる。 「な……何だ? この音は?」  動揺するユアンを差し置いて……あ、ちょっと失礼ニャと言うなり、ニケは懐から一枚の小さな板切れを取り出す。すると……小さな魔法陣がボワッと現れた。  奇異な眼差しで魔法陣を見るユアンに、遠くにいる魔法使いと直で話せる遠隔通話の魔法だとリリーベルが耳打ちをした。  何でも、エーテルが滞留してかつ、お互いが魔法が使える場所にいる事を条件に、カード型の触媒を使って会話が出来る便利なモノらしく、地域によってはノイズが入って来る従来の電話とは違い、カード一枚ですぐクリアな音声で通話が出来るのがこの魔法スゴイ所らしい。  電話に比べてコストが掛るものの、緊急の時には何かと役に立つので、大半の魔法使いはもしもの為に常に携帯してるんだとか。  ユアンが、そんな解説に感心しながら聞いてる内に、魔法陣の向こうから若い女の人の声が聞こえて来た。  ニケ曰く、この前畜産サークルにネズミ駆除のアルバイトに行った時、向うのお姉ちゃんと仲良くなったついでにアドレスを交換したらしく、時々こんな感じで連絡が来るそうな。  この猫ちゃん、こんなナリして結構チャラいなぁと思って見ていると、ニケが突然ニャ! と、声を荒げた。 「どうした、猫ちゃん!」 「た……大変だニャ! おサルのナリした化け物が豚舎付近に突然現れて、豚達が今にも盗まれそうなんだって!」  ニケの一報に、一同に戦慄が走る。 「クソッ! 思ったより、早いな……」 「でも、こうやって連絡を入れられるって事を考えると……まだ、そんなに切羽詰まった状況ではないようですね」 「けど……これ以上時間が経ってくると、ボク達じゃ対応出来なくなるかもしれない」  ユアンは居ても立ってもいられなくなり、工具箱の傍らに立て掛けていた剣を手に取り、急いでバタバタに向かった。 「何処に行くんですか! 危ないですよ!」 「とにかく俺、畜産サークルに行ってくるんで後を頼みます!」  モントが、ちょっと! と、ユアンを止めようとした刹那、リリーベルとニケが後を追う。 「メガネくん、待って!」 「オイラも行くニャ!」  ユアンが乗り込んだバタバタは、バギーに変形し土煙を上げて走り去っていった。リリーベルとニケも、立て掛けていた箒に乗りユアンの後を追う。 「あのまま放っておいて大丈夫なんですか? エルダヤンさん」 「まぁアイツも、俺の下で徹底的に戦闘の訓練を受けたプロだから、任せても問題は無いですよ。それよりも……他の連中にもちゃんと連絡をしないとだな」  エルダヤンは、工房の傍らにある通信機に手を掛け叫んだ。 「自警団の諸君、第一次防衛配備に着け! 突如現れた侵入者を、一人残らず殲滅せよ!!」  緊急放送後、学区内はけたたましくサイレンが鳴り響いた。 (第三話・つづく)
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