第三話 ゴブリンアーマーを追え!!(2)

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第三話 ゴブリンアーマーを追え!!(2)

 ユアン達のいるマシンワークスの工房がある機械技術科側から見て、鎮守の森の反対側に魔法技術科があり、鎮守の森を迂回するような感じで、機械技術科と魔法技術科の間にある土地には、農業技術科が所有する農場が一面に広がる。  収穫した野菜を保存する為の巨大な倉庫や、家畜らを飼育する為の牛舎や運動場などがあちこちに点在して中々牧歌的な雰囲気だ。  サイレンが鳴り響く中――常人には到底扱えないであろう程の鉄の根棒を振りし、群がるエンキ達を次々と力任せに薙ぎ倒してゆく男・オニツカと、その傍らで鞭を振るい、近付く鬼たちを一匹また一匹と確実に仕留めてゆく褐色の肌を持つ耳長女・サランサランが、猿に似た化け物・エンキ達に囲まれ、今にも壊れそうな豚舎に背中を向け奮闘をしていた。 「……これじゃ、キリがねえな」  奮戦はするものの、次から次へと増えてくるエンキに囲まれ、二人は八方に睨みを利かせながらじりじりと後ずさる。 「そろそろ誰か援軍に来てくれねぇと、ココが持たねぇぞ!!」 「分かってる、分かってるけど……お願い、早く! 猫ちゃん!!」  焦るサランサランが胸ポケットから板切れをを取り出し、遠隔通話の魔法を使おうとしたその時、一瞬の隙を突いたエンキの放った小さな矢が、サランサランの持つ板を弾き飛ばした。 「しまった――」  サランサランの注意が逸れた瞬間に、エンキ達がサランサランに飛び掛かった。  思わぬ急襲を受けたサランサランは、エンキに押し倒されるように地面に叩きつけられる。 「サラン――!!」  オニツカがサランサランに気を取られた瞬間――背後から、猿にも似た巨人が上から降って来た。  ドスンと腹の底まで響くような地響きと土煙を巻き上げて着地をした後、オニツカたちを睨みつけるかのようにゆっくりと立ち上がる。その姿は……まるで機械で作った巨大なエンキのような、禍々しい悪魔そのものの姿だった。  口から醜くヨダレを垂らし、簡単な防具を身に着けてはいるものの、防具が覆われていない体の部位には、様々な肉をかき集めて縫い付けられた痛々しい痕が散見する……まさに、ファンタジー物で出てくる、巨大なゴブリンを彷彿させる姿であった。 「何だ……コイツ」  今まで見た事の無い体躯の巨人を目の当たりにして、オニツカの背筋が凍る。  一方、エンキ達に取り付かれて上に乗られた状態のサランサランは、必死に藻掻いてはいるものの、身動きが取れず思う様に動けない。 「一刻も早くサランを助けねぇと……だが、今コイツに背中を向けるのはあまりにも危険すぎる。どうしたものか……」  あまりにも不利な状況に追い込まれたオニツカをよそに、大猿のような巨人はゆっくりと腕を振り上げ……オニツカめがけて地面に叩きつけた。その瞬間――ドオンと響く地鳴りと、強烈な風圧を受けたオニツカの体は軽々と宙に舞う。 「なっ……何ちゅう馬鹿力じゃ――」  とか言っている間に空中遊泳は終わり、オニツカは地面に叩きつけられた。 「オニ……ちゃん!」  自身の苦境にも関わらず、サランサランは必死でオニツカに手を伸ばす。 「デは……頂コうカ――」  大猿のような巨人は、倒れるオニツカやサランサランには目もくれず、ゆっくりと豚舎に歩き始めた。その後を、小っちゃいエンキ達は馬鹿にしたように笑いながら続く。 「折角……折角、みんなで丹精込めて育てて来たんだぞ! なのに……なのに、何故こんな訳の分からん連中に、タダでくれてやらなきゃならないんだぁ!……」  エンキ達を見上げる事しか出来ないオニツカは、悔しさに任せて地面を叩く。  今迄、畜産サークルの仲間と共に丹精込めて育てて来た豚達を、こんな訳の分からない連中に理不尽に奪われるなんて……いくら不意を突かれたとは言え、こんな情けない負け方をした自分自身が、何よりも許せなかった。 「畜生……」  俯き肩を震わせ泣くオニツカ。すると――上空から、怪しく光る小さい小瓶と、束ねられたロープがゆっくりと落ちて来た。 「何だ?……これは――」  などとオニツカが呟いている間に、小瓶とロープが地面に接触。その瞬間――地面から強烈な光を放ち、無数の木の触手が地面から這い出して、エンキ達に襲い掛かってゆく。  完全に不意を突かれたエンキ達は、迫る木の触手に抗う事が出来ず、次々と縛り上げられて動けなくなってゆく。 「やったニャ耳長! 効果てきめんニャー!!」  阿鼻叫喚するエンキ達を見下ろすように、ニケとリリーベルが空から箒にまたがって、ゆっくりと降りて来た。 「ニケ! あそこ……」  リリーベルは、箒から飛び降りてくるや否や、木の枝に絡まったエンキ達を押しのけ、茂みの中からサランサランを引っ張り出して救出する。 「良かった。何とか、間に合ったみたいだな」 「あ……ありがと」  照れながら起き上がるサランサランを目の当たりにし、リリーベルの中でちょっとした劣等感が湧き出て来た。  肌の色の違いはあるけれど……同じ耳長なのに、この子は髪が長くて可愛いらしいし、いかにも耳長女子って感じだなぁ。それに比べて、ボクなんか……髪が短い上に機械屋のツナギ着ててうっすら筋肉ついてるし、どちらかと言うと男っぽいもんな。やっぱり、男ってこういう女の子の方が好きなのかなぁ……と、女として今すぐ覆す事の出来ない格差を目の当たりにし、リリーベルは一人でどんどん落ち込んでゆく。 「あの子、どうかしたの?」 「自分の至らなさに一人悶々としてるだけニャ。お腹が減ったら勝手に帰って来るニャ」  呆れながらニケが口をクチュクチュさせると、魔法陣がフーッと現れた。 「取りあえず……先に邪魔な子分達をお掃除ニャ!」  ニケが地面をポンと叩くと、魔法陣から無数の光の矢が、金切り音と共に上空に放たれた。  一寸後――空から光の矢がエンキ達目がけて次々に降り注ぐ。枝に絡まり身動きが取れずに泣き叫ぶエンキ達。光の矢は、次々と処刑するかの如くサル達の体をすり抜け、無残にも引き裂き息の根を止めていった。  一瞬の出来事の後ニケは「お掃除完了ニャ」と、ドヤ顔。サランサランに褒めてもらおうとニケが彼女にふと目をやると、当の本人は……リリーベルを、大丈夫。ちゃんと魔法使い出来てたよ。もっと自分に自信もって……と、何をフォローしているのか分からない励ましをしていた。フフフ……これが、世知辛い現実だニャと、哀愁を醸す猫ちゃん。 「おノれ……よクモ、仲間ウぉ――」  大猿のような巨人は怒りを露わにし、踵を返してリリーベル達に一直線に向かってくる。ズシン……ズシンと歩みを進める姿は、タチの悪い処刑人そのものだ。 「気をつけろ! ヤツは速いぞ!!」  大きな得物を杖にして、必死で立ち上がろうとするオニツカ。リリーベルは、オニツカの殺気にも似た雰囲気に、ハッと我に返った。 「あ、もうお腹減ったのかニャ?」 「そういう訳じゃ――」 「ところで……あのおサルさん、どう思う?」 「何とも言えない違和感があるな。とりあえず、もう一回足を止めてみるか――」  リリーベルがポーチに手を伸ばそうとするよりも早く、大猿のような巨人がリリーベル目がけて飛び掛かって来る。 「えっ!?――」  とか言ってる間にも、大猿のような巨人は牙と爪を立て、瞬く間にリリーベル達との距離を縮めてゆく。駆ける姿は、何処か野生の獣を彷彿とさせる。  もう、駄目だ……と、リリーベルが諦めてかけたその時――ユアンの乗るバギーが、茂みから勢いよく飛び出して来た。  リリーベル達の横を寸での所ですり抜け、何回もハンドルを切り返すユアン。おおお――!! と、気合の入った叫び声と共に、バギーは大猿のような巨人に体当たり。ドカンと鈍い金属音を放ちながら、大猿のような巨人の真正面に衝突した。  完全にカウンターを喰らった状態で接触した大猿は、グオオ……と、苦悶の叫び声を上げ、派手に弾き飛ばされた。  リリーベルが、おっかなびっくりに薄目でそーっと覗いて見てみると……バギーに乗ったユアンが微笑んでいた。 「よ、お待たせみんな!」  この一瞬の光景を目の当たりにしたリリーベル達は、表情がパァっと明るくなる。 「やっぱ……先輩みたいに上手くいかないな。バギーだとさ」  大猿のような巨人は、ふらつきながらゆっくりとその身を起こした。  完全に不意を突かれた状態で真正面から大きい一発をもらった為、体の損傷はかなり見受けられている。立ち上がった姿もどこか弱々しい。 「アイツ、足が完全に止まってる! 行けるぜ、ユアン!!」 「どういう了見かは知らないが、ここいらで決着つけさせてもらうぜ!!」  ユアンは、ギアを入れアクセルを全開に踏み込む。すると……バギーはみるみる変形し、人型形態のバタバタになっていった。 「さーて……行くぞーっ!!」  アクセルをグッと踏み込むユアン。バタバタは、力強く大猿に詰めて寄ってゆく。  所変わって、ここは鎮守の森――。  かつてリリーベルが封印した岩の巨人を目の前にして、黒ずくめの男は封印の解除に躍起になっていた。 「結界は驚く程簡単にクリア出来たのに……何で、何でこの子の封印だけが破れないのよぉ!」  かざす手から放たれる魔法はどんどん大きく強力になってくるが、男の意に反して封印が解ける気配は全くない。逆に……岩の巨人に、男の持つ魔力をどんどん吸われている感さえある。 「フン! アタシを試そうなんて、何て生意気なのさ。アンタは!!」  押し込むように、さらに魔力を注ぎ込む黒ずくめの男。魔法を使った力比べがしばらく続いた後、男は諦めたように手をかざすのを止めた。 「……どうなってんのよ、もう!」  黒ずくめの男は、恨めしそうに岩の巨人を見上げた。  レアな古代の技術が詰まった巨人が眠っていると言う噂を聞きつけ、態々こんなド田舎丸出しの鬱蒼とした森まで足を運んだというのに、実際来てみれば……ボロボロの状態で封印をされた岩で出来た巨人がポツンとあるだけ。封印に使った魔法は初歩の初歩のヤツで、お世辞にもお上手って言えるモノではない。そのくせ、巨人を連れて帰ろうとしても、今度はこっちに掛ってる封印は、今迄で見た事も無いくらい複雑で古臭い魔法なうえ、自分には解けなかった……何か、狐にでも騙されてるのかしら……と、考えれば考える程憂鬱な気持ちが、男の心を支配していく。  せめてもの救いは、途中で拾ったエンキの死に損ないが、どうやら何処ぞの施設で何らかの改造か教育を受けた形跡があり、使い方によっては面白いかも知れないと言ったくらいだった。 「取り敢えず、アイツがそれなりに使えるって事が分かったし、今日はそれでいい――」  と自嘲気味に言ったその時――大猿のような巨人が、黒ずくめの男目がけて飛んで来た。  飛んで来たというよりかは、何処ぞから吹っ飛ばされた感が強い様子だったが、黒ずくめの男は慌てる事無く片手で弾き返した。  ピンボールのように弾かれた大猿のような巨人は、黒ずくめの男のすぐ後ろで崩れるようにその場に倒れ込んだ。 「誰!? こんなふざけた事するのは!」  黒ずくめの男が、辺りを怒気を孕んだ眼差しで注視していると、箒に乗ったニケとリリーベルが、黒ずくめの男と距離を取る様にゆっくりと正面から飛んで来た。 「アンタ達――」  わなわなと体を震わせる黒ずくめの男、目が怪しく赤く光る。  鎮守の森に入り、リリーベル達の後を追うユアン。  アクセルを踏み込みバギーを進めていると、向かい側から、箒にちょこんと乗ったニケが疲れた様子でふらふらと飛んで来た。 「ニケ!」  ユアンの声に気付くと、ニケはユアンの乗るバギーに一目散に飛んで来た。その眼には……涙が次から次へと溢れ出てくる。 「リリーは、一緒じゃないのか?」 「耳長が……耳長が――」  半ベソ状態のニケから、リリーベルが謎の男に攫われた事を告げられた。  必死で助けようとしたものの、相手との圧倒的な魔力の差がある上、先にリリーベルの魔力が尽きて動けなくなった所を、黒ずくめの男に捕まってしまったらしい。  その後、リリーベルの奪還を何度も試みるも、あと一寸の所で逃げられた……と言うより、見逃してくれたと言った感じだったそうな。 「ゴメンニャ、ゴメンニャ。オイラが、もっとしっかりしていれば……」  ユアンはバギーを止めて、蒼白な面持ちで天を仰いだ。 「マジか……」  むせび泣くニケを抱き抱えて、ユアンは一旦工房に帰る事にした。  今は、何の手がかりも無い状態でこのまま闇雲に探し回るよりも、奴らの事について、何かヒントを見つけてから探し出した方が、より確実に救い出せる可能性があると判断したからだ。  取り敢えず……リリーベルは、何らかの利用価値があるからこそ、殺されずに連れて行かれた筈だから何処かに必ずいる。だから……だから、無事でいてくれ――そう心に刻み、ユアン達は鎮守の森を後にしたのであった。 (第三話・完)
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