第四話 エーテルドライバー(1)

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第四話 エーテルドライバー(1)

 特別学区より南西に道なりに進んでいくと、大きな河川が見えてくる。その河川を下流に向かって更に歩みを進めていくと、アーバンフット達が住む小さな集落が川沿いに佇んでいるのが見えて来る。  朽ち果てたガラクタがあちこちに散見し、バラックで出来た建物が寄り集まる集落――贔屓目に見ても、美しいとは言えないその姿を見たかつての旅人達は、一筋縄では行かない小さき人達に、尊敬の念と皮肉の意味を込めて、この土地をこう名付けた……『シャングリラヤード』と。  そんなやさぐれた街にも、等しく朝はやって来る。  シャングリラヤードのほぼ中央に位置するバラック建ての小屋の玄関に、小さく『パラダイス商工会』と立て看板が申し訳なく掛かっている。  この店は、簡単な機械の修理や中古品の買い取りに始まり、マシンワークスの連中等に様々な受注販売や委託販売をも手広く行っている。いわゆる「街の何でも屋」であり、ユアン達の先輩・ミオナの実家でもあった。  中では――汚れたツナギを着た小さいおじさんが一人。このパラダイス商工会の社長にして、ミオナの父親でもあるパブロが、難しい顔をしながら外を眺めていた。 「……何だ、ありゃ?」  パブロは、草木1本生えないこの土地に、突如現れた謎の樹木に目を奪われていた。  仮に、このあたりで建物や構築物を作るとなれば、少なくとも近所で打ち捨てられているバラックなどの端材や不法投棄をされた鉄屑とかを使って作る事になる。ところが……眼前の樹木は、1本ドンと生えてるものではなく、複数の樹木が規則正しく編み上げるかのように作られているみたいで、まるで樹木で作った天然の要塞。その巨大な佇まいに、威圧感を感じる父パブロなのであった。 「父ちゃん! 父ちゃん!」  久々の帰省で実家に戻っていたミオナが、パジャマ姿のままドタドタと慌ただしく父に駆け寄って来た。  この間、報酬として貰ったグリルポーンのエンジンの発注と見積りに合わせて、久し振りに家族の顔を見に帰ってきた娘は、工房でユアン達に見せる先輩感はまるで無く、ここではパブロの娘・ミオナを満喫しているのであった。  あれ! あれ! と、外の巨大な樹木を興奮気味に指差す娘に、うっせーな! 見りゃ分かんだろーが!! と、ぶっきらぼうに返す父。仕事柄か、育ちが悪いせいかとにかく声がデカイ。 「……でも、何だか気味が悪いね」 「こんなぺんぺん草1本生えないような荒れた土地に、朝起きたら突然あんなデタラメな木が生えてきたんだ……気持ち悪い以外に、出てくる言葉なんて何も無ぇよ」  ミオナは取り敢えず、辺境警備隊でも呼ぶ? と提案するが、アイツらは来るのが遅いくせにプライドと賃金だけは一丁前。何より、一挙手一投足俺らを見下した態度が気に入らねぇとパブロは憤る。ならば、近隣の軍隊や害虫駆除の業者はどうだと娘が新たに提案するも、父の首は縦に振るう事は無かった。 「じゃあ、どうすれば――」 「お前ぇ……一番肝心なの忘れてねーか?」  パブロの問いかけに、 一瞬何だっけ? と首を傾げるミオナだったが、そのうちおおっと、思い出したように手をポンと叩いた。  その頃マシンワークスの工房には、ソファに身を預け俯き黙るユアンと、その姿を心配そうに見守る三毛猫のニケがいた。  昨日、奇妙な猿のような巨人を追っ払った際に、リリーベルが何者かにさらわれてしまった。それ以降、ユアンは自責の念に駆られ、こんな感じで朝を迎えたのであった。  隣にいるニケも、何とかしたいのはやまやまだが、如何せん何の手掛かりもない。そんな八方塞がりの状況で今を迎えたのであった。 (ぬう……どうすりゃ、ええんだか)  ニケが妙な緊張感と閉塞感に苛まれていると、壁に掛かっている電話機が、ジリリと大きな音を立てて鳴り出した。  ユアンに目をやると、一向に電話に出る気配は無さげ。やれやれしょうがないなぁと、ニケはため息混じりに口元をクチュクチュっとさせ、魔法で電話機を呼び寄せた。すると、電話機がフワリと宙に浮き、ニケの目の前で受話器が上がる。 「お電話ありがとうございますニャ。あなたの近くのマシンワー……え? パイセン?」  ニケのパイセンって言葉が出て来るや否や、ユアンは奪うように受話器を取り上げた。 「あの……先輩、俺……俺――」  弾き飛ばされたニケを顧みることなく一心不乱に受話器に語り掛けるユアン。その姿は、反省してうなだれる少年が言い訳を綴る姿のようであった。  ぬう……と、弾き飛ばされながらも、ニケは憮然な面持ちでこの様子を伺っていると、農業エリアの方から、オニツカとサランサランが箱を抱えてやって来るのが見えた。 「あ、オニ吉とサランちゃんだニャ」  平身低頭で受話器にしがみつくユアンを気にも止めず、オニツカとサランサランは入って来た。 「コレ、みんなから。追っ払ってくれて、ありがとうだってさ」  オニツカとサランサランは、持ってきた箱を床に下ろした。中には、箱いっぱいに詰め込まれた野菜。どうやら、被害にあった農業系サークルの皆さんからのお礼のようだった。  あのお猿さん連中、豚舎にだけ襲撃した訳ではないようで、他にも野菜を保管している貯蔵庫や、収穫直前のビニールハウスなどにも被害が出ていたようだった。そこで、ニケの放った光の矢の一部が、隠れていたお猿さん達にもたまたま命中。結果オーライながら見事エンキ達の退治に成功し、予期せぬ形で無事平和が訪れたって話のようだった。  箱の中身に安堵する猫ちゃんはさておき、オニツカとサランサランは、やっぱりなと納得した面持ちでユアンに視線を下ろす。 「まあ……仕方無いか」  丁度一年ほど前、まだユアンがこの特別学区に入って間もない頃に事件は起きた。  立地上、食うに困った賊達や、暇つぶしに襲撃に来るポンコツ貴族の末端連中により、特別学区が戦場になる事はしばしばあった。大抵の相手は、負けそうになると降参するか、覚えてろー! と捨て台詞をそっと置いてサッサと帰って行く……怪我はするけど、人が死ぬ事が無いようにするのがお互いの間で出来た暗黙の了解だったが、この日は少し様子が違っていた。 「た……助けてくれ」  その賊は、入って間もない新人のようで、若く気の弱そうな男だった。  この日が初めての実戦だったユアンは、相手が命乞いをしてきた為とどめを刺さずに外に追い出した。これなら、誰も傷付けずにこの戦いを終らせられる……人を傷付ける事が嫌いな機械好きの青年はそう確信した。なのに……追い出した筈の男は、事もあろうか工業技術科の女子生徒を人質に取り、監視塔に登り立て籠もってしまった。  コレはあくまで喧嘩が目的だから、誰もが人を殺す事までには至らないと高を括っていた。だが、その男は何を思ったのか、人質の女子生徒を何の躊躇もなく突き落としてしまった。よりにもよって、ユアンの目の前で。 「――――――――――――――!!!」  確かに、男が外に出たのを確認した筈なのに……ユアンは、目の前で起こっている現象を未だに理解が出来なかった。だが、ユアンが追い出したその男は、間違いなくそこにいた。男の目はドス黒く淀み、口は締りがなく涎を垂れ流す。不快なくらいに甘い香りを撒き散らし、喚く姿はまともな状態ではなかった。  この惨劇を目の当たりにした事により事態は一変。仲間を殺され殺戮の鬼と化した特別学区の連中に、賊達はもはや命乞いなど出来る状態では無かった。  男は監視塔から引きずり下ろされた後無残に打ち殺され、残った賊達も問答無用で一人残らず誅殺された。これが後に言う『監視塔の血の復讐劇』の顛末であった。  この一件以降、おいそれと賊達が特別学区に襲い掛かってくる事は無くなった。が……俺がもっとちゃんと奴を追い出していれば、この子は死なずに済んだ筈。なのに、なのに……と、女子生徒の亡骸を目の前に、ユアンは膝から崩れ落ち嗚咽を上げた。そして……この件をきっかけに、ユアンは女子生徒の亡霊にしばしば悩まされる事となるのであった。 「そんニャ事があったのね……」  オニツカの思い出話に、ニケはただただ傾聴した。確かに、ユアンの戦闘技術は、素人目で見ても目を見張るものはある。手際も良い。だが、何処か物足りない……その正体は一体何だろうと思っていたら、フッと答えが降りてきた様な気がした。 「でもこれは、戦闘技術云々の問題じゃ無く心の問題だからなぁ……」  オニツカが、参ったなと頭を掻いていると……ユアンは電話を切るや否や、危険な依頼に出る時のようなライフルや刀剣を伴った支度を始めた。 「ちょ……どこ行くニャ?」 「先輩の地元で、厄介事があったみたいだ。一刻も早く来てくれってさ」  ニケはぬぅ……と唸った。先程のユアンの話はともかくとして、今はリリーベルの捜索もせにゃならん。かと言って、また再び奴らが襲って来る可能性も否定は出来ない……オイラは一体どうすりゃいいんだニャーと困っていると、オニツカとサランサランが行ってこいと手を煽る。 「……いいの?」 「ここは、俺達が見とくから、安心して行ってこいよ」  だから不安なんですけど、と口から出てきそうな所をニケは飲み込んだ。  昨日までちっちゃいエンキ達に囲まれて、四苦八苦していた君達が言える言葉かねと内心思いながら、まあ、何かあったらサランちゃんが魔法で連絡してくるはずだし、その時考えればいいかと二人の申し出を受けることにした。  よくよく考えて見ても、ここは機械の修理工房。取られて困る金目のモノなんて何もない。まあ、お留守番を二人で仲良くやっててくださいなと、内心どうでも良く思う猫ちゃんであった。  そんな事もあって、ユアンとニケはバギーに乗りミオナの故郷・シャングリラヤードに向かう事にした。 「サランちゃーん! 行ってきまーす!!」  全速力で走って行っても一時間ちょっとの道程。何も無ければいいが……と、心配するユアンをよそに、荷台に乗るニケは、お気楽なピクニック感覚でサランサランに手を振る。  俺は!? と、憤るオニツカを差し置いてバギーは走り出す。ユアン達が特別学区を出る頃には、太陽は既に一番高い所に鎮座していた。  一方その頃、シャングリラヤードでは、樹木で編み上げられた『木の城』が、何とも言えない不気味さを醸し出していた。  外から見た限りでは、入口らしきものは全く見当たらない。唯一中に繋がってそうな場所は、最上階にある大きなバルコニーぐらいで、あとは小さな窓のような穴がいくつか伺える。どちらかと言うと、城と言うよりは監獄に近い佇まいだ。  バルコニーでは、黒ずくめの男が眼下の町並みを悠々と見下ろしていた。 「フン! これも、中々悪くないわね」  黒ずくめの男はユアン達の追撃を躱すため、特別学区から一番近いこの集落に身を寄せていたのであった。  もしもの時の為、人質としてリリーベルを連れて来たが、あの時以来目を覚ます気配がない。大型のゴブリンアーマーも損傷が激しく、コアの部分以外破棄をして修復するハメになり、黒ずくめの男にとっては想定外の痛い出費。採算が合わなくなってきていた。  散々な結果になって立て直しを計る間黒ずくめの男は、以前より研究していた機械技術と魔法を融合させた第三のテクノロジー『エーテルドライバー』の実験を、構築物の稼働実験として行っていた。  バルコニーのある部屋の奥には、木々の間から鉄の瓶が顔を覗かせ、瓶には複雑な魔法陣が描かれている。そこから放射状に鉄の管が木々の間を縫うように壁いっぱいに張り巡らされ、機械音のような唸りを上げてゴウンゴウンと動いている。 「取り敢えず、コレで様子見って所ね」  天井にへばりつく繭玉を見て、黒ずくめの男はやれやれと肩をすくめる。   黒ずくめの男は、この地域に変わったモノがあると言う噂を聞きつけ、態々こんな僻地までやって来た。が、子飼のエンキ達は半人前の魔法使い達に滅ぼされ、肝心の岩の巨人は、封印が解けず手に入らないわで成果は散々だった。  古の魔法が施されたアイテム『黒の秘宝』や、失われた異次元の技術を集結させた機械『ロストレガシー』を追い続けてウン十年。研究と探求に人生の大半を捧げた男は、今、至福の時を迎えていた。 「ああ、力が湧いてくる。ようやく定着したようね、エーテルドライバーが」  クックック……と、気持ちの悪い笑い声を上げる黒ずくめの男。部屋の奥には……下着姿で手足を拘束され倒れるリリーベルの姿。背中には、エーテルドライバーの鼓動とシンクロするように魔法陣が滲み出て来た。 (第四話・つづく)
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