第四話 エーテルドライバー(2)

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第四話 エーテルドライバー(2)

  木の城を遠くに望むパラダイス商工会では、パブロを慕う商売仲間や、地元で機械工を営むアーバンフットの職人達が、パブロの下に集まっていた。  今朝、突然現れた奇妙な樹木には、皆一考あるようで……放置すべきかどうするか、地元の顔役でもあるパブロに相談を持ちかけたのだった。 それもその筈、このシャングリラヤードでは……バラックや不法投棄された鉄屑以外のモノを、集落内で見かけることが殆ど無い。言い替えれば、自然物が育成出来る環境から最もかけ離れているこの場所で、木などの自然物が今朝突然現れるなんて事は有り得ないのだった。  かつて都会のネズミとまで言われ、他の人間達に白い目で見られながらも、何とか環境に適応してしぶとく生き残ってきた。そんな小さき人々の生存を賭けたセンサーが今、危険を訴えているのであった。 「とか言ってもなぁ……」  パブロは決断を決めかねていた。 朝目が醒めて窓を開けたら、大きな木で出来た城のような何かがドーンと立っていた。コレだけでも気持ち悪いっちゃ気持ち悪いが、誰かの家が壊されたり、誰それが突然雲隠れにあったとかの実害は今の所はない。確かに、不気味ではあるものの、あのまま放置するのもどうかなぁ? 撤去するにしても、一体いくらかかるんだ? と、パブロは様々なパターンにおけるお金のシュミレーションを思案していたが、どれもパッとしなかった。 「でも、どっかから流れてきたゴロツキだったらどうするよ? 人殺しとかやったヤツだったら、ちょっと厄介かもだぞ?」 「それは無えよ! 絶対!」  機械職人の一人が言い放った言葉に、何で、絶対って言い切れるんだよ? と、商工会員の一人が食って掛かった。すると……だいたい、あんなでっけーモノを一晩で作っちまうくらいだぞ? その日暮らしのそのへんのゴロツキが、そんな面倒臭ぇ事するわけねぇじゃんかさと回答。確かになと、一同は納得の声を上げた。 「と、言う事は……脛に傷持つ何処かのお大尽か何かが、ここにしばらく居座るって事か?」 「でなきゃ、あんなでっけー別荘をおっ建てる理由がねえ事だろ? 少なくとも、やっこさんにはな」 機械職人の含みを持たせた一言に、周囲は俄に賑わい出す。詳しい理由は分からないけど、商工会に集まったアーバンフット達は、満場一致でこう思ったのであった。 (何だか知らんが……金の匂いがプンプンするぜ!!)  笑顔あふれる商工会の面々だが、目が笑っている者は、この中には誰一人いなかった。  一方のシャングリラヤードに移動中のユアンとニケ。車体が激しく揺れる中、ニケは特別学区を出てから無言を貫くユアンが気になって仕方がなかった。  かつて監視塔で起こった理不尽な事件をきっかけに、戦いの中で相手にとどめを刺せなくなった青年が、このまま刃傷沙汰が起こった場合、無事で済むんだろうか……オニツカ達から事件の件を聞いてから、ユアンの抱える一種の脆さがニケの心の不安を煽っていた。 「あのさ、ユアン――」   ニケがユアンを見ると、かすかに刻む手の震えをふと感じ取った。 不安を抱えているのは本人が一番よく知っている。どうにかしなきゃいけないのも本人が一番よく知っている。誰の助けも得らえない現状から脱出するには……覚悟を決めて、一歩踏み出すしかない! そんな弱い自分と決別しようと、一人で戦っているユアンを見て、ニケはニの句を続けるのを止めた。 「何か言いたげだな? ニケ」  そ……それは、とニケが問いかけに窮すると、どういう形であれ、今回の件でリリーベルを助けられなかったのは全部俺のせいだ。オニツカの言うとおり、監視塔の件以降、相手にとどめを刺す事が出来なくなったのは否定しない……と、自分の弱さが、今回のトラブルを招いたんだと吐露するユアン。 「でも……俺一人じゃ、コレが限界なんだよ。俺だけじゃぁ……何も、出来ないんだ!」  ニケは、今までユアンが、リリーベルや自分を何処かお客さん扱いしている理由が何となく分かってきた。マシンワークスに来てからずっと、大切に扱ってくれてるのは悪い気はしない。が、裏を返せば……未だ信用されてないのが、自分の力不足が原因なんだと分かり、現実を突きつけられ悲しくもあった。 「……だったら、オイラ達みんなで力を合わせて戦えば良いんじゃニャいか?」  この言葉に、ユアンはハッとした。 今まで、自分一人だけが戦ってみんなを守っていると思っていた。だが、現実は……一緒に戦えるかもしれない仲間を無視して、自分だけでヒーローになった気でいる。結局は、お互いに信頼関係が出来ていなかったのが全ての原因だったんだと、改めて気付かされたのであった。 「出来るか? 俺達に……」 「出来るかじゃニャい、やるんだニャ!! もし出来なきゃ……出来るまでやればいいだけだニャ!」  ニケの提案に背中を押され、ユアンは今まで固く詰まっていたしこりが取れたような気がした。自分は一人じゃない。いざとなったらオイラが助けてやる……ニケにそう手を差し伸べられ、前を向いていける活路を見い出せた気がした。 「ありがとな、ニケ」 「どういたしまして。それが、チームってモンなのニャ!!」  ただ……行った先が魔法の使えない地域だったらどうしよう? 肝心なの所でニケがニャーとしか言えなくなったらと、ネガティブな考えが頭を一瞬よぎったが、ユアンは敢えて考えるのを止める事にした。 「見えてきた、あそこだ!!」  ユアンの指差す先には、シャングリラヤードのガラクタのような町並み。おお、あれがパイセンの地元かぁ……と、ニケは感嘆の声を上げる。 「ようし、行くぞー!!」  ユアンはアクセルを踏み込み、バギーはぐんぐんとスピードを上げる。 「ようし、みんな行くぞーっ!!」  アーバンフットの男達は、オーッと一斉に声を上げるなり、木の城に向かって歩みを進めていった。 小さな男達の探検隊を、商工会前で見送るミオナとパブロ。からかい半分で見送るミオナに対し、パブロは半ば諦めた様子だった。  月末に近い今日この頃、伝票の整理や売掛金の回収、売約済商品の搬入出などで人手が足りないこんな時に、よりにもよって、あんなデッカい建物が目の前に出来るなんて……ただでさえ、好奇心旺盛で真面目にコツコツ働くのが大嫌いな連中に、態々サボる口実がスキップしながらこっちに来たようなものだった。 こうなると、連中が絶対に働かないのをパブロが一番よく知っていた。 「今月の締め……間に合うかな?」  俯き不安を吐露するパブロは、踵を返し店の奥へ入っていった。その直後、ユアン達の乗るバギーがミオナに近づいてきた。 「ユアン、こっちこっち!!」  手招きするミオナ。ユアン達は、誘われるがままにミオナの前でバギーを止めた。 遅いとミオナになじられながらも、ユアンとニケはバギーから降りた。電話では聞いていたが、木の城を生で対面すると……本当に木で出来た城なんだな、悪趣味だなぁ……と、改めて感心するユアンなのであった。  取り敢えず、街の小さいおじさん達が息を巻いて木の城に向かったが……正直、得体が知れないものに対しての不安はある。そこで、何とか中を調べることが出来ないかと思い、ミオナはユアン達を呼びつけたのであった。  そんな都合のいいモノある訳がと、ユアンが話を遮ろうとすると、ちょっと待っててニャと言うなり、ニケはバギーの中をあちこち探し始めた。しばらくすると……小さな鳥のオモチャをくわえて戻って来た。 「どうすんの、コレ?」   訝しげな面持ちのユアンとミオナに対し、ニケは自信たっぷりに、まあ、見ててとオモチャを目の前に転がす。そして、ニケが口元をクチュクチュっとさせると、魔法陣がオモチャを取り囲むように現れた。 「行って来んさい! ぽっぽっぽー!!」  ニケが魔方陣をポンと叩くと、煙と共に小さな鳩が登場。クルックーとか鳴きながら、すぐさま城に向かって飛んで行った。おおーっと、感嘆の声を上げるユアン達。ニケが魔方陣をもう一度ポンと叩く。すると……魔法陣が少し大きくなり、鳥視点での画面が映し出された。 「おおっ! 見える、見えるよ!」 「これで、何か収穫があれば良いんだけど……」  大空に放たれた鳩は、ユアン達の視界から消えていった。  木の城の最上階にある部屋では、リリーベルがようやく目を覚ました。 「ん?……ここは?」  リリーベルは 起きたばかりのせいか、頭がボーッとする。確か……猿の親玉のような化物を追っていたら、黒ずくめの気持ち悪い男が突然ボクらの邪魔をして……と、記憶を整理。その時、ふと自分が下着姿で両手足を拘束されているのに気が付き、一気に意識が戻った。 「ええ―――――――――――――!!?」  リリーベルは、恥ずかしさが一気に高揚し、耳の先まで真っ赤になった。  一般的なニトラアインの女子達は、例外なく肌の露出が多い衣装を好んで着る傾向がある。言い換えれば、自分自身の美に対して絶対の自信を持っている証左でもあった。そんな中リリーベルは、極端に肌の露出を嫌う。理由は複数あるが、一番の理由としては……肩幅が広く、しなやかな筋肉を持つアスリートのような体型が女性らしくないと、自身で負い目を感じているからだった。  ななな……何で、ボクはこんな破廉恥な格好で? と、リリーベルがパニックになっていると、黒ずくめの男が下品な笑顔を引っさげて近づいてくる。 「ようやく、お目覚めのようね」  一向にパニックが収まらないリリーベルに、黒ずくめの男は、苛立ちながらリリーベルの顎を鷲掴みにし、強引に言葉を遮った。 「話……進めていいかしら?」  リリーベルが恐る恐る頷くと、黒ずくめの男はゆっくりと手を離す。 「ど……どうしてこんな事を――」 「まあ、話せば長くなるんだけど……」  黒ずくめの男は、ここに至るまでの経緯を一つ一つ丁寧に語り出した。 成り行き上、リリーベルを人質として取り、昨日の夜の間にココに流れ着いた。 パッと見、端正な顔立ちを持つ男の子のように見えるリリーベルを見て、若い男の子が大好きな黒ずくめの男は、イタズラ目的でリリーベルの服を脱がせた。だが、よく見てみると……ただの筋肉質な女だったことが判明。黒ずくめの男がガッカリする中、リリーベルの背中に、魔法陣が描かれている事に気づいた。 黒ずくめの男は、 気になって魔方陣を解読していく。すると……リリーベルの魔力を封印する為に、二重にも三重にも厳重に施されている事が分かったのだった。 「そんな状況で、今までよく魔法を使ってたわね? 封印された力よりも、もっと強力な魔力を持ってるって事?」 「気合と根性があれば、魔法なんて何とかなるもんだ!」  リリーベルが誇らしげにそう答えると、黒ずくめの男は呆れて絶句した。 そんな二人が噛み合わないやり取りを展開する中、ニケの放った鳩が、何気なくベランダに止まった。 「いた――!!」  パラダイス商工会の前で、魔法陣越しに鳩の行方を見ていたユアン達。ようやく発見したリリーベルの姿を見て、ユアンはいても立ってもいられなくなっていた。 「早く行かないと……」  焦る気持ちを隠しきれないユアンを見たミオナは、行くったってどうやってさ? 中に入る方法すら分からないのに……と制する。そ、それはとユアンが返事に窮していると、ニケが方法ならあるニャと叫んだ。 「ユアンの剣と、オイラの魔法。そして、パイセンのフォローがあれば、何とか出来るかもしれないニャ!!」 「……それ、どう言う事?」  訝しげな面持ちのミオナ。ニケは、ちょっとこれを見てと、地面に思いつくままに線を描き始めた。スラスラと筆を進めていくにつれ、ユアン達は感嘆の声をあげる。そして、最終的には耳長救出作戦と銘打った落書きが見事に出来上がった。 「これなら……いけるかもね」 「ただ、チャンスは一回しかないニャ。大胆かつ慎重にやらニャいと。それに……夜が近くなると、魔法の影響力が強くなる。だから……」  一瞬の沈黙の後、決意を固めたユアンが、行こう! と声を上げた。ミオナやニケも頷いて同調。コレにより、リリーベル救出作戦が開始されたのであった。 「待ってろよ。今、助けてやるからな……」  一方その頃――木の城の最上階では、黒ずくめの男が、リリーベルの髪の毛を一本引き抜き、懐から取り出した小瓶に入れた。  痛っ! と声を上げるリリーベルを無視し、黒ずくめの男は楽しそうに小瓶を振る。すると、瓶の中身が無色透明の液体から、少しとろみのある禍々しい紫色に変化していった。 「うん。これでよし……っと」  黒ずくめの男は、満足げに瓶を懐にしまった。リリーベルは、訝しんで何に使うんだと問いかけると、男はおどけながら、お楽しみとだけ返した。 「魔法の使えない魔法使いほど面倒くさいのってないわよね。アンタもそう思わない?」 「……何が、言いたいんだ?」  黒ずくめの男は、リリーベルの髪を鷲掴みし、無理やり顔を上げさせた。 「もう、アンタは用済みって事よ!」  この一言で、リリーベルの顔から血の気がサーっと引いていった。人質としても、魔法使いとしても全く役に立たなくなった今、黒ずくめの男がリリーベルをこのまま置いておく理由は何処にもないからだ。 「……ボクをどうするつもりだ?」 「昨日の一件で、ウチの可愛いお猿さん達が全滅しちゃって、親分もこんな感じでしょ? このままだったら、私の仕事がはかどらないのよねぇ……だから」  黒ずくめの男は、顔をニヤつかせながらリリーベルの耳元で囁いた。これを聞いたリリーベルは、顔を真っ赤にして激昂する。 「ば……馬鹿にするのもいい加減にしろ! 誰がこんな慰み者になんか――」 「だって……人質としても、魔法使いだとしても、使えないんじゃあこれしかないでしょう。それとも、自信ないの? 女として」  黒ずくめの男に小突かれ、リリーベルは泣きながら狼狽し始めた。拘束されてるとはいえ、魔法使いとして、女としてここ迄の屈辱は今まで受けた事がない。それにもまして……こんな状況でも、命が惜しいと思う自分に何よりも腹を立てていた。死んででも抵抗したいのは山々だけど……ただの犬死だけはしたくないし、何よりこんな格好で一人寂しく死んでいくのだけは勘弁してほしい。せめて、せめて……マシンワークスの連中でも来てくれれば、こんなボクでも助けてくれれば……と、見込みのない願望を募らせる事しか出来なかった。 「まあ、すぐに殺されないだけマシだと思いなさい。お嬢さん」  黒ずくめの男は、クックックと気持ちの悪い高笑いをする。そうこうしている内に……部屋の天井にへばりついていた繭玉に、ピキピキと小さな亀裂が入って来る。 「さあ、生まれるわよ……この混沌とした汚れた世界を救う新たな救世主が!!」  リリーベルの顔が更に険しく強張っていく中、外はもう間もなく夕時を迎えようとしていた。 (第四話・完)
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