無国籍の告白

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ロランドは目を泳がせる。 空中に投げ出された好意の隙間を縫って、拒む言い訳を探した。 ドイツ人特有の色彩をした眼球が視界の下の泥だらけの指を捉える。 「年老いたものだ、私も。もう49だ。君は32だったかな? 老いに片足を突っ込んだ男はやめておくことだ」 ディックは「またそんな言い訳を」と愛おしそうに口周りの皺に沿って指を這わせた。 「愛に年齢は関係ないですよ」 「そもそも私達は男同士だ」 「地球上で男女の愛だけしか成立しないならば、僕達の愛はそれを超えた壮大な愛だ」 ラテン系を思わせる情熱的な告白に、ロランドはうっとりしながら、足元をふらつかせた。皮の傷んだ靴のつま先が足元の石ころを鳴らす。 「貴方は歳を重ねる毎に男の熟した色気を纏う。それを更に熟れさせたい。僕の手で──」 蕩けるような口説き文句は、老いた男の社会的な立場で閉じきった蕾を開花させようとする。その火傷しそうな蜜にロランドの脳が痺れ、気を緩めてしまった。 「──いしています」 告げられた告白には少しだけ言葉が足され、顔の両端の開きかけた蕾から侵入し鼓膜を揺らす。 アーモンド型の目が細くなり、今度は強い眼差しで無言の愛を伝える。 「ああ、ディック。その瞳をこちらに向けないでくれ」 両手を挙げるロランドに、勝ち誇ったようなディック。のぞき込むようにロランドを見つめる。 「いけない。本当にいけない子だ」 数十年前と同じ。熱と艶を帯びた眼差し。 そして形の整った唇がもう一度開く。 「愛しています」 ロランドの瞳が動揺で揺れる。 2つの花は満開に咲いた。 はっきりと聞こえたそれに、我慢が出来なくなったロランドは「ああ、本当にいけない」と諦め、とうとうディックに唇を寄せた。 歳を重ねた乾燥する唇が、形の良い唇から若さを吸い取るように濡れていく。ディックも頑固な中年を落とす──いつもと同じ作戦が上手くいき、逢瀬の度に手に入れてきた唇を久しぶりに貪る。 お互いの形を確かめるように赤いそこへ舌を這わせ、吐息を交換する。先に唇を離したロランドが「また負けてしまった」と優しい目をしながらボヤいた。 「愛しています。貴方は?」 「私も君を愛している」 もっと熱い口付けを交わそうとしたその時だった……
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