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「僕のことまで拒まないで」
壁と自身を重ねた発言をするディック。
「あの日のキスは嘘だったんですか?」
ロランドはやれやれと頭を振った。
「あの時の私は狂っていたのだ。いや、私だけでは無い。あの時は国も、世界までも狂っていた」
──数十年前、時代は第二次世界大戦。
ドイツの降伏は目前。それでもまだ死を量産する極限の土地で出会った2人。
空襲で燃える街中で、ラテン人の女を必死にロランドは助けた。止まらぬ出血、もう死は迫っていたのに、隣で母との別れを拒む少年。少年の見た目はゲルマン人で父親の姿は想像に容易かった。
結局、母親は助からなかった。
気がつけば少年ディックと若き天才医師は炎に囲まれていた。
死を待つ奇妙な時間。子孫を残そうとする男の本能が暴れるのに理由などいらなかった。
残った理性を崩したのはディックの幼い瞳。泣いて濡れた瞳に腹の底から欲情した。
性欲と生への固執が爆発し、ロランドは目の前の少年を抱きしめていた。そして生命の熱を帯びたディックの唇と、生きていることを共有しようと、ロランドは今より激しく貪りついたのだ。
飢えた人間が食事にありつく光景となんら代わりがなかった。
理性などもう微塵も存在しなかった。
狂ったような赤い双極の食事は、最中に意識を失い、次に目が覚めた時、二人は焼けた街の中で重なるように倒れていた。
意識を取り戻したロランドは生の喜びに震える前に、キスをしたことへの罪悪感で震えた。その後、目を覚ましたディックの、性を開花させた瞳にも、とんでもないことをしてしまったと心臓が地面にめり込むほど落胆した。
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