無国籍の告白

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狂った代償は大きすぎた。 未だにそれを精算できずにいる。 間違いを犯したロランドも。 恋心を抱いたディックも。 そしてこの国、ドイツも──。 敗戦の土地で狂い続けている。 極限の体験は、どんな極上の恋よりも二人に痛烈な傷を残していた。 あのキスが忘れられない──その想いを伝えようと、本能で惹かれ合うようにお互いを探した。 探すうちにロランドにも淡い想いが芽生え始め、ディックと共に過ごしたいと思っていた。最初は母親を助けられなかった同情かもしれない。だが、再会して目を合わせた瞬間、それが同情ではないことに気がついた。 ──本能が求めていたのだ そして終戦後、二人は徐々に距離を詰め合う。ロランドの年下への背徳をディックは面白おかしく解していった。しかしベルリンは二分され、二人は想いを告げる一歩手前で引き離された。 ロランドがいるのは治安の悪いソ連領東ベルリン。ディックはイギリス・アメリカ・フランスが統治する西ベルリン。 西への亡命はあとをたたない。 数刻前には1つの命が散ったばかりだ。 みな、気球や地下の穴、無謀にも罠が待ち構える柵を越えたり、あの手この手で亡命しようとする。 ロランドはディックの泥だらけの指を見つめる。 「君くらいだ。治安の悪いこちら側へ渡ってくるのは……そろそろ戻りたまえ。不在が続けば秘密警察に勘づかれてしまう」 「……また来ます」 ディックはロランドが受け取らなかった花を、死体が転がる方へ放った。そして熱い唇がロランドの耳元でもう一度愛を囁く。 「──」 ソ連の領地で告げられる、ドイツ人の極限の告白に色はついていない。無国籍の告白に色をつけるには、パレットが灰色で硬すぎる。 ディックが去った後、ロランドは冷たいベルリンの壁に手を添えた。 「これさえなければ」 命の危険は低くなる。 愛する人を失う悲しみを背負えるほど強くはなかった。ならばいっそと想いに蓋をしたのに、ディックは会いに来る。 年の差や同性など、微塵も障害ではない。 全てはこの壁のせい。 「戦争は愛する自由まで奪っていくのか……」 ロランドは額を壁に打ち付けた。 微かに滲み出た血では灰色の無慈悲なパレットを染めることは出来ない。 「ここに色がついた暁には……」 ──文字通り「壁」は無くなるだろう いつか…… いつか、壁に色がつくその日まで…… ロランドはここでディックを……いや、未来を待ち続けている。
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