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「おとーうさん!」
突然、後ろから子どもに抱きつかれた。振り返ると、小学校に入りたてぐらいの小さな男の子だった。男の子はみるみる泣き顔になる。びっくりしたのは僕も同じだ。君だけ泣くのは不公平じゃないか。
「どうしたの、お父さんとはぐれちゃった?」
できる限り優しい声を出そうとするが、営業でもない僕にとって、声色を変えるのは簡単なことではない。男の子の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「そうかそうか。おじさんも一緒に探してあげるから。ほら、泣かない泣かない。男の子は泣いちゃダメなんだぞ」
僕の言葉は男の子の泣き声に掻き消された。
「そういう言い方、しちゃだめだよ。男の子だって、泣きたい時ぐらいあるよね」
いつの間にか更衣室から出てきていた彼女が、僕と男の子の間に割って入る。しゃがんで目線を合わせて、小さな頭を撫でる。
「大丈夫だからね。お父さんたちも、きっとぼくのこと、探してるよ。プールの人に聞きにいってみようか」
一つに結んだ髪の下で、首に細かな皺が入っている。しゃがんで彼女の肩に手を置いた。
涙をこらえてうなずく男の子の目に、僕たち二人の十年後が映っているような気がした。
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